労務事情 能力不足による短期間での配転

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[弁護士・東京都立大学法科大学院非常勤講師 岩出誠]

Q.当社には,不注意によるミスが相次ぐことから,社内の複数の部署を短期間で異動してきた社員がいます。事務職として採用され,当初は経理部門に配置されましたが,事務処理能力が不足していると判断され,その後は,どの部署に異動しても同様の評価を受けています。本人は,まともなOJTを受けられなかったためだと主張していますが,この社員だけを特別扱いするわけにもいきません。
(1)次の異動では,いよいよ受入れ先もなくなるため,人事部付にして,単独で処理できる簡易業務を切り出して提供するしかない状況です。(2)いずれは退職勧奨に進まざるを得ないと思いますが,当社としてはどのように対応したらよいのでしょうか。

A.

(1)については,これまでに研修や改善指導を促しても,当該社員が従わず,どの部署に配置しても能力不足であり,単独で処理できる簡易業務を切り出して提供するしかなかったことを証明できるように,指導記録等を整備しておけば,人事部付異動が法的問題となるリスクは低い。
(2)についても,上記改善指導を促したうえで,単独で処理できる簡易業務にすら対応できない場合には,退職勧奨が違法とされるリスクは低い。しかし,その勧奨行為が長時間や深夜にわたり,頻繁に,あるいは人格否定的な発言や威圧的言動によって行われ,面談者が多数に上るような場合には,違法とされ,精神的攻撃としてのパワハラと認定される可能性がある。

1. 配転命令の有効性を緩やかに認める判例

Q1で述べたように,企業にとっては,経営組織を効率的に動かし,多様な能力と経験をもった人材を育成するために,勤務地等の変更を伴う配転を実施する必要があります。
この配転命令権の有効性に関して,判例は,労働協約および就業規則に,会社は業務上の都合により配転を命ずることができる旨の規定があり,実際にそれらの規定に従い配転が頻繁に行われ,採用時に勤務場所・職種等を限定する合意がなされなかったという事情の下においては,会社は労働者の個別的同意なしに配転を命ずることができる,としています(東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14労判477号6頁))。

2. 配転命令の有効性が否定される場合

判例が配転命令を無効とする場合としては,職種や勤務地の限定が認められる場合のほかには,配転命令につき,「業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」とされています。
しかし,この「業務上の必要性」の程度は「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性」までは求められず,「労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである」として,緩やかにその必要性が認められています(前掲・東亜ペイント事件最判)。

3. 人事部付への異動の業務上の必要性

本問の(1)で問われている,人事部付への異動の業務上の必要性は,まさに,判例の指摘する「労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する」ものであり,上記1のとおり,就業規則等の定めがあれば,異動は可能です。
ただし,本問では当該社員が,能力不足は「まともなOJTを受けられなかったためだ」などと主張していることを考慮すると,これまでに研修や改善指導を促しても,当該社員がこれに従わず,どの部署に配置しても能力不足であり,単独で処理できる簡易業務を切り出して提供するしかなかったことを証明できるように,指導に関わるメールや指導記録等を整備しておいたほうがリスクを軽減できます。

4. 退職勧奨の適法性とパワハラ

退職勧奨(肩たたき)は,基本的に使用者が社員に自発的に退職を促すものであり,直ちに違法とはされません。
しかし,退職勧奨に合理的な理由がなく,その手段・方法も社会通念上相当と言えない等,使用者としての地位を利用して,実質的に社員に退職を強いるものであったり(日本アイ・ビー・エム事件・東京高判平24.10.31労経速2172号3頁は,「退職勧奨の目的や選定の合理性の有無は,退職勧奨行為の態様の一部を構成する」として,「退職勧奨の態様が,退職に関する労働者の自由な意思形成を促す行為として許容される限度を逸脱し,労働者の退職についての自由な意思決定を困難にするものであったと認められるような場合には,当該退職勧奨は,労働者の退職に関する自己決定権を侵害する」との基準を示し,違法性を否定しています),状況に応じ,社会的相当性の程度を超えて執拗な場合には,慰謝料の対象となり(下関商業高校事件・最一小判昭55.7.10労判345号20頁等),退職勧奨がパワハラとして問題とされる場合もあります(A社長野販売ほか事件・東京高判平29.10.18労判1179号47頁では,上司による退職強要行為は,周囲にいた部下に対しても「間接的に退職を強いるものがあるから,違法な行為に当たる」とされています)。
退職勧奨の適法性については,ジャパン・エア・ガシズ事件(東京地判平18.3.27労経速1934号19頁)が,面談は,「管理職と原告との1対1で行われたもので」,「実施時刻も深夜に及ぶこともなく,時間も最長でも1時間30分に留まり」,「1週間程度の間に4回実施されたとしても,原告を精神的に追いつめて正常な判断ができなくなるような状況を作り出したり,退職に応じざるを得ないような状況に追い込むものとはいえ」ず,「面談が4回実施されたことをもって,原告に執拗に退職を迫り,不当に退職を勧奨したとはいい難」いと判断している点が参考になります。
以上を踏まえると,本問の社員については,上記改善指導を促したうえで,単独で処理できる簡易業務にすら対応できない場合には,退職勧奨が違法とされるリスクは低いでしょう。
しかし,その勧奨行為が,長時間や深夜にわたり,頻繁に,あるいは人格否定的な発言や威圧的言動によって行われ,面談者も多数に上るような場合には,パワハラの行為類型中の精神的攻撃にあたるとされ,パワハラ3要素((1)優越的な関係を背景とした言動であって,(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,(3)労働者の就業環境が害されるもの)を踏まえて,違法とされるリスクがあることに留意すべきです(労働施策総合推進法30条の2第1項,「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和2年厚労告5号。以下,パワハラ指針)。
裁判例を見ると,日立製作所事件(横浜地判令2.3.24判時2481号75頁)は,(1)原告の上司である部長は,単に業務の水準が劣る旨を指摘したにとどまらず,執拗にその旨の発言を繰り返したうえ,原告の自尊心をことさら傷つけ,困惑させる言動に及んでおり,(2)同部長による退職勧奨は,原告の意思を不当に抑圧して精神的苦痛を与えるものと言わざるを得ず,社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法な退職勧奨であると認めながら,(3)部長による原告を批判するメールの関係者への送信等は業務の適正な範囲を超えた言動であったとまでは評価することができず,それらが パワハラとして原告に対する慰謝料の支払いを要する ほどの精神的苦痛が生じたとまでは認められず,(4)原告に対する査定についても違法であるとは認められないとして,個人面談における違法な退職勧奨行為のみにつき,慰謝料20万円を認容しています。
しかし,この判断には疑問があり,全体の一連の行為としてのパワハラを認定すべき典型例と解されます。

(『労務事情』2024年6月15日号より)

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