労務事情 初動対応

[弁護士 荒川仁雄]

Q.当社ではこのところ,新商品の広告に使った写真とキャッチフレーズが人権侵害にあたるとしたクレーム事案,商品に異物が混入していたとするクレーム事案が続きました。いずれも,マスコミ等で取り上げられたことを契機に,ここ数日はクレームの内容がエスカレートしてきたようです。このようなクレーム事案への初動対応としては,どのような点に留意したらよいのでしょうか。寄せられるクレームの中には,事実無根の誹謗中傷も含まれています。通常のクレームとカスタマーハラスメント(以下,カスハラ)との違いをどう判断したらよいのでしょうか。
また,人事部として,初動対応に向けて事前に準備しておける事項や取組みがありましたら,教えてください。

A.

BtoCのクレームの場合,(1)契約関係にあることに起因するクレームと,(2)契約とは無関係に行われるクレームの2種類がある。(1)の場合,対応しないといけない水準を越えたらカスハラとなり,それ以降の対応は拒否できる。(2)の場合,対応する従業員や組織の負荷になるようであれば,カスハラと判断できるため,やり取りは制止すべきである。
人事部の事前準備としては,クレーム対応のマニュアル作成,クレーム対応能力育成,実際のクレーム対応における担当者交代のルール決めが必要である。人事部中心で関係部門と連携することが望ましい。

1. BtoCのクレームとカスハラの発生原因の種類

本問のようなBtoCのクレームの場合,(1)契約関係にあることに起因するクレームと,(2)契約とは無関係に行われるクレームの2種類があります。
まず,「新商品の広告に使った写真とキャッチフレーズが人権侵害にあたるとしたクレーム事案」は,既存顧客からのものであるかに関わりなく,良心や義憤に基づく社会一般からのクレームと言えますので,(2)にあたると言えます。
他方で,「商品に異物が混入していたとするクレーム事案」は,当該商品を購入した顧客からのクレームであれば(1),当該商品を購入した顧客ではないものの,報道に接してクレームをしてきたのであるならば,上記の良心や義憤に基づくものと変わりませんので,(2)と言えます。

2. 契約関係にあることに起因するクレームとカスハラ

前記(1)の「契約関係にあることに起因するクレーム」は,クレームをするきっかけにはもっともな理由があるため,これに誠実に対応することは,契約上の付随義務であると言えるでしょう。
本問に照らすと,商品の回収,代金の返還等の案内,発生原因の説明,再発防止措置の説明等は必要な対応であり義務であると言えますが,それを超える要求で社会通念上不当と言えるものになったり,合理的な説明を尽くしても,その内容についていつまでも了解されず,対応が終了しないような事態に至った場合には,それ以上対応する義務はないと考えられます。(1)のクレームの場合,この水準に至るとカスハラと言えるでしょう。
カスハラになる水準(ここでは「一線を越える」と表現します)は,クレームの原因となった事情によって異なるため,クレームの時間などで定量的に一律の基準を設定することは困難です。
カスハラについて,先進的に活動している労働組合であるUAゼンセンの流通部門が策定した「悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン」では,「長時間拘束型」の悪質クレームの判断基準として,膠着状態になってから20分程度で慎重な対応に入り,30分後に理解されない場合にはお引取りを求めるとされており,具体的な数値が示されています。しかし,これは流通業の店舗でのクレーム対応におけるカスハラの判断基準であることに注意が必要であり,他業種の場合には,相応に変わってくるものと考えられます。
本問では,商品の回収,代金の返還等の案内,発生原因の説明,再発防止措置の説明等を十分に伝えているのに,まだクレームが終了しないという事態が,一線を越えてカスハラになると言えますが,説明を行う内容が多岐にわたるため,上記のUAゼンセンの判断基準よりも長い時間を要すると考えるのが合理的と言えるでしょう。
具体的に要する時間については,当該商品によって異なりますが,本問では異物混入ということで比較的わかりやすい商品であると考えられます。そのため,説明を尽くすのに1時間程度を要することもあり得るところです。そして,あくまで1つの見解ではありますが,そこから理解されず対応終了と判断するには,長くて2時間程度ではないかと考えられます。

3. 契約とは無関係に行われるクレームとカスハラ

前記(2)の「契約とは無関係に行われるクレーム」は,契約関係に基づくクレームと言えるものではない以上,契約上の付随義務ではなく,社会を相手にビジネスを行っているという意味での企業の社会的責任として応対するものと言えます。したがって,企業の社会的な評判などのビジネス上の判断は別として,応対する必要自体は法的にはないことになります。応対することで,対応する従業員や組織にとって負荷になるようであれば,カスハラと判断してよいと考えられます。
そのため,事実無根の誹謗中傷については,直ちに指摘してそれ以降のやり取りを制止するべきで,根拠を欠く指摘を甘受して,さらにやり取りが積み重なる事態は避けるべきです。
本問では,自社にクレームを受けても仕方のない事情があるため,まずは話を承る姿勢を見せる必要がありますが,それは事実に基づく言説についての部分に限られ,余計な波及を避ける点からも,事実無根である点については看過しないほうがよいでしょう。
このようなクレームを受けても仕方がない事態における初期対応は,低姿勢ということは必要ですが,説明すべきは説明し,事実無根の部分については毅然と否定をするために,終始にわたる受け身の姿勢やおわびの言葉をひたすら述べることは避けるべきと言えます。

4. カスハラに関して人事部で事前に準備すべきこと

人事部として事前に準備しておくべきことは,クレーム対応のマニュアル作成,クレーム対応能力育成,実際のクレーム対応における担当者交代のルール決めです。
これを行うこと自体は,カスハラについての望ましい取組みを定めている「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下,パワ ハラ指針)に根拠があるのですが,人事部が所管すべきであるというのは,人員体制に関係するということと,研修教育が重要であるためという点に起因しています。もっとも,各部署との連携において行わなければ実が上がらない種類の問題ですので,人事部が中心になるという意味合いになります。
担当者交代のルール決めに関連しては,以下の点が重要です。上記で,特に1については,クレームに対応するのは会社の義務と述べましたが,これは,同じ従業員が最後まで対応しないといけないということを意味しているわけではありません。あくまでも組織としての会社全体での義務であり,誰が担うかについては従業員の負担を考慮しなければいけません。
クレーム対応は,ストレスの強い業務であることは容易に想像がつきますので,安全配慮義務,職場環境配慮義務の観点から,担当者に負荷がかかっているときは,複数対応または交代をする必要があります。パワハラ指針では,「一人で対応させない等の取組」という形で言及されています。
クレーム対応のマニュアル作成は,どこからがカスハラになるのか,クレーム対応の具体的な方法,担当者交代のルールについてマニュアル化することが考えられます。
マニュアル作成と研修は人材育成の一環ですので,人事部門で所管すべき内容ということになります。どこからがカスハラになるのか(どこから「一線」を越えるのか)と,クレーム対応の具体的な方法は,事業部門から実際に起きがちなクレームを抽出してもらい,対応の方法について法的観点から検討するべきであるため,法務部門とも連携する必要があり,部門横断的に行うべきものになります。
どこから「一線」を越えるのかは,事業部門から提起された実際に起きがちなクレームごとに,カスハラ対応の拒否基準を決めていくことになります。判断にあたっては,弁護士などの外部専門家の活用も有意義でしょう。
クレーム対応能力育成は,マニュアル内容を周知する研修が考えられますが,実を上げるためにロールプレイングを行うこともよいでしょう。
このようにカスハラに関しては,事前体制整備の果たす役割が非常に大きく,その要として,人事部が中心となって関係部門と連携をすることが望ましいと言えます。

(『労務事情』2024年1月1・15日号より)

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