労務事情 無断欠勤が多い社員への退職勧奨

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[弁護士 千葉博]

Q.当社では,1人の中堅社員について欠勤が増えてきており,対処に困っています。当初は腰痛とのことでしたが,最近では体調不良ということで,始業時刻が過ぎてから連絡が来たり,翌日に出社するまで様子がわからない場合があります。本人は出社時には元気な様子ですが,仕事も雑になってきましたし,どこか気力に欠ける部分があるのかもしれません。
当社としては,業績回復に向けて一致団結の時期でもあることから,この社員のような欠勤のあり方が他の社員のモラールダウンにもつながりかねないと危惧しています。そこで,この社員には,退職勧奨を行いたいのですが,何か問題があるでしょうか。当社としてはどのように対応したらよいのでしょうか。

A.

退職勧奨については,定義どおり任意に行われるのであればよいが,実質的に退職を強要する解雇であるとして,事後的に争われるケースもあり,強制と評価されるような状況のないよう,注意して行う必要がある。
また,「体調不良」が業務に起因する場合には,労災における解雇制限に配慮する必要があり,業務外に起因する場合には,それがメンタルに起因する場合,ケースによっては産業医との面談等も踏まえつつ,慎重に行う必要がある。

1. 退職勧奨を行う場合の留意点

退職勧奨とは,従業員から退職の意思表示をさせるために退職を勧めることを言います。これは,使用者側からの勧めに応じて,労働者が自主的に退職することであり,解雇とは異なる概念です。あくまでも任意に行われるべきものであり,その限りにおいては,問題はありません。
しかし,この退職勧奨も,度が過ぎれば違法性を帯びることがあり,実質的には強制的に退職させたものとなると,それは解雇にほかならないということになります。すなわち,退職勧奨は,あくまでも労働者が自主的な判断を行うことを勧める範囲でなされるべきであり,執拗になせば,違法な退職強要となり得るのです。
下関商業高校事件(最一小判昭55.7.10労判345号20 頁)では,以下のように判示されています(以下は,一審判決より引用)。
「被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうるのはもとより,いかなる場合でも勧奨行為に応ずる義務もないと解するのが相当である。なお勧奨は・・・被勧奨者の任意の意思形成を妨げ,あるいは名誉感情を害するごとき言動が許されないことは言うまでもなく,そのような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があることは当然である。・・・勧奨の回数および期間についての限界は,退職を求める事情等の説明および優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によって千差万別であり,一概には言い難いけれども,要するに右の説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきであり,ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行なわれることは,正常な交渉が積み重ねられているのでない限り,いたずらに被勧奨者の不安感を増し,不当に退職を強要する結果となる可能性が強く,違法性の判断の重要な要素と考えられる。さらに退職勧奨は,被勧奨者の家庭の状況等私事にわたることが多く,被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべきであり,被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動が許されないことは言うまでもないことである。このほか,前述のように被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か,勧奨者の数,優遇措置の有無等を総合的に勘案し,全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが,その勧奨行為の適法,違法を評価する基準になるものと考えられる
このように,実質的に退職強要にあたるかについては,種々の事情の総合考慮ということになりますが,退職勧奨を行うにあたっては,多人数で1人の労働者に会う形を採らない,数回の範囲を超えて繰り返し面談しない,従業員の明確な拒絶の後に継続しない,退職しなければ解雇すると告げるなど,労働者に他に選択の余地がないなどと誤認させないなどといった点が注意点となります。
また,まったく異なる側面ではありますが,退職金の優遇があるか否かは重要なファクターとなり得ます。
使用者側からすれば,完全に退職強要とされるリスクをゼロにするのはなかなか難しいと思われますから,慎重に手続きを進めることが望ましいです。

2. 「体調不良」が業務に起因する場合

本問では,当該労働者の状況について,当初は腰痛とのことでしたが,最近では体調不良との主張になっているようです。この「体調不良」の原因は不明であることから,事情により企業側の対処法が異なってくる可能性があります。したがって,「どこか気力に欠ける部分があるのかもしれません」と決めつけてしまわずに,まずは,体調不良の具体的状況,通院の有無,考えられる原因等を,偏見をもたずに調査しておくべきです。仮にこれが業務起因である場合には,労災との関係に配慮する必要があります。
労災保険制度とは,労働者の業務上の事由または通勤による労働者に負傷,疾病,障害または死亡について,被災労働者や遺族に対して所要の保険給付を行うなどの制度ですが,このうち,労働者の業務上の負傷,疾病,障害または死亡を業務災害と言い,業務遂行性,業務起因性が認められる場合に,認められるものです。
仮に,労働者が,業務災害によって就労できない状態の場合には,労働者保護の観点から,解雇制限が規定されており,使用者は,労働者が業務上疾病にかかり療養のために休業する期間およびその後30日間は,原則として解雇することができません(労基法19条1項)。
本問で問題となっているのは,労働者に任意の退職を勧める退職勧奨であり,これは解雇とは異なり,法律上禁止はされていないことから,「体調不良」が業務に起因するものであっても,退職勧奨ができないことにはなりません。しかし,労働者に不当に圧力を加えたとの評価を受けやすい状況であることは否定できませんので,慎重に対応すべきです。

3. 「体調不良」が業務に起因しない場合

業務に起因しない場合でも,体調不良がメンタルに起因するような場合には,やはり慎重な配慮が必要です。
精神疾患に罹患している労働者に対する退職勧奨は,あくまでも任意の退職を勧めるものである以上,行うことは可能です。ただ,精神疾患で苦しんでいる労働者に退職を勧める以上は,適切な方法で行わなければ,不当に退職を強要されたなどといったとらえ方がされやすいこともあり得るでしょう。就業規則上に休職の規定がある場合には,休職に付すべき場合もあるでしょうし,退職勧奨を進めるにしても,主治医からの医療情報の収集などを行って,適切な対応を心がけるべきです。
退職勧奨によりうつ病が悪化したとして,会社側の責任に言及した判例として,エム・シー・アンド・ ピー事件(京都地判平26.2.27労判1092号6頁)があります。
このケースでは,判例は,「精神障害を発症している労働者について,その後の業務の具体的状況において,平均的労働者であっても精神障害を発症させる危険性を有するほどに強い心理的負荷となるような出来事があり,おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて悪化した場合には,精神障害の悪化について業務起因性を認めるのが相当である」との一般論を述べたうえで,「平成23年8月22日以降の被告の原告に対する退職勧奨は,原告が退職の意思のないことを表明しているにもかかわらず,執拗に退職勧奨を行ったもので,強い心理的負荷となる出来事があったものといえ,これにより原告のうつ病は自然経過を超えて悪化したのであるから,精神障害の悪化について業務起因性が認められる」としました。

(『労務事情』2024年5月1日号より)

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