労務事情 休職中の行動

[弁護士・社会保険労務士 木野綾子]

Q.このたび,メンタル疾患で休職中の従業員が,頻繁に旅行やスポーツ観戦に出かけ,その様子を写真と共にSNSに投稿していることがわかりました。また,同様にメンタル不調で休職中に,転職活動や副業をしている従業員もいるようです。
これに関して社内では,「人手不足で多忙なのにやっていられない」「本当に病気なのか?」という不満の声が上がっています。
メンタル疾患に対しては,気分転換のために趣味の時間を過ごしたり,外出することで好影響があることは理解できますが,あくまで休職中ですから,自ずと限界があると思います。また,休職中に転職活動や副業をするのは論外だと考えています。
当社としては,休職中の過ごし方に制約を設けて管理を徹底したり,それに反した場合は退職もしくは解雇とする旨を定めたいのですが,可能でしょうか。当社としては,どのように対応したらよいのでしょうか。

A.

休職中の労働者は使用者の指揮命令下にあるわけではないため,使用者がその居場所や過ごし方まで指示することはできない。
もっとも,休職中の労働者は,自己保健義務に基づき,療養に専念して早く元の職場に復職できるよう努めるべき立場にある。また,休職中といえども,使用者の利益を害してはならないという信義則上の義務を負っている。
休職中の行為がこれらの義務に違反すると言えるかについては,病状との関係もありケースバイケースだが,就業規則に休職中の禁止事項を定めておくとわかりやすいであろう。悪質な場合には懲戒処分とする余地もある。
不適切な行為が発覚した場合には,本人への事情聴取をして裏付け資料の提出を求め,産業医の意見も聞いたうえで,本人への注意指導やリハビリ勤務への移行などの措置を検討するとよい。

1. 自己保健義務と休職期間中の禁止事項

休職は,自宅待機命令(業務命令の一種であり賃金が発生)とは異なり,労働者が使用者の指揮命令下にあるわけではないので,使用者は居場所や過ごし方まで指示することはできません。
もっとも,使用者が労働者に対して労働契約に基づく安全配慮義務を負っているのに対し,労働者は自らの心身の健康を保持して自らを労務提供可能な状態にしておかなければならない,という自己保健義務を負っています(安衛法26条等)。このため,私傷病休職中の労働者は,療養に専念して早く元の職場に復職できるよう努めなければなりません。
また,休職中には労務提供義務が免除されますが,労働契約が継続する以上,労働者としては休職中でも使用者の利益を害してはならないという信義則上の義務を負っています。
しかし,休職中の行動がこれらの義務に反するか否かは一義的に明らかではないため,就業規則の休職に関する規定の中に休職期間中の禁止事項を定めたり,休職者に渡す手引書などに具体例を示したりすることが望ましいと言えます。

2. 禁止事項の検討

では,本問に沿って具体的に検討してみましょう。

(1) 旅行
旅行は,気分転換や湯治などの目的で行く場合もありますので,ただちに私傷病休職の趣旨と矛盾する行為とは言えません。
ただし,海外旅行や長期間にわたる旅行など,不審に思われる場合には事情を説明してもらうようにするとよいでしょう。

(2) スポーツ観戦
スポーツ観戦は,それ自体が健康を損なうような行為とは言えません。自らスポーツをすることも,メンタルヘルスに良い影響を与える可能性があるので,直ちに自己保健義務違反とは言えないでしょう。

(3) SNSへの投稿
人がうらやむような素晴らしい体験をSNSに投稿して,多くの人から良いリアクションをもらうと,自己肯定感が高まるかもしれません。その意味で,SNSへの投稿はメンタルヘルスに良い影響があるという見方もあるでしょう。
しかし,それを見た他の社員にとっては不謹慎な出来事に映り,士気が下がるという悪影響が考えられます。取引先や顧客に対しても悪い印象を与える可能性があります。
この点は,個人の表現の自由にも関わる問題であり難しいところですが,SNSへの投稿をする場合には,早期の職場復帰のために療養に専念するという休職の趣旨を逸脱するような内容にあたらないよう注意を促しておき,実際に問題が発覚した際にケースバイケースで対応するしかないでしょう。

(4) 転職活動
転職活動は,元の職場への復職を前提としない行為であり,明らかに休職の趣旨に反していますので,禁止事項と考えるべきでしょう。

(5) 副業
副業は,世間一般的に奨励される傾向にありますし,社会復帰へのリハビリにもなるということもできます。ただし,心身に負荷の大きい過度な副業は自己保健義務に反すると言えますし,副業一般に禁じられているような態様(競業関係や秘密漏えいを伴うなど)のものは,使用者の利益を害するおそれがあるとして禁止すべきでしょう。
休職中の副業は,使用者の許可を得た場合にのみ可とするなどの規定を設けておくとよいかもしれません。これに違反した場合には退職(解雇)とするという規定を併せて設けることも考えられますが,実際の運用時には解雇権濫用(労契法16条)のリスクも考慮する必要があります。

《就業規則例》
第○条(休職期間中の副業)
休職期間中は,会社の許可なくして他の事業または職業に従事してはならない。

3. 休職中の労働者の不適切行為が発覚した場合の対応

休職中の労働者の不適切行為が発覚した場合,使用者としては,(1)本人に事実確認をして,事実ならばその理由や療養との関係を説明してもらう,(2)裏付けとなる資料(例えば,療養の一環として適切な行為であるという主治医による回答書等)を提出してもらう,(3)不適切行為であると判明した場合には本人に注意を促す,(4)残りの休職期間において留意すべき点を示して誓約書を提出させる,(5)ある程度回復してきているとみてリハビリ勤務への移行を促す,などの対応が考えられます。
悪質なケースでは,懲戒処分も検討すべきでしょう。

4. 参考判例

ジャムコ立川工場事件(東京地八王子支判平17.3.16労判893号65頁)では,休職中の従業員がオートバイの販売業を開業したことにつき,復職意思が見られず会社の秩序維持に影響し,かつ,それが従業員の地位と両立し得ない程度・態様のものであるとして,使用者による懲戒解雇を有効としています。
マガジンハウス事件(東京地判平20.3.10労経速2000号26頁)では,療養支援という休職制度の趣旨に反する行動については服務規律違反になるとしつつ,休職期間中における外出,飲食,旅行については,うつ病や不安障害といった病気の性質上,療養に資する面もあるので普通解雇事由にはあたらないとされました。

(『労務事情』2024年4月15日号より)

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