労務事情 事実認定とパワハラ認定
[弁護士 向井 蘭]
Q.相談者や加害者とされる側への面談や事実調査の結果を踏まえて,実際にパワハラに該当するか否かを判断する際には,事実認定とパワハラ該当性についてどのような点を注意すればよいでしょうか。その際,例えば,相談者の提出証拠に隠し録音や盗撮された動画等が含まれている場合もあると思います。証言や証拠の有効性については,どう考えたらよいでしょうか。
A.
供述証拠のみではなく,客観的証拠に基づく事実認定が必要である。
パワハラにおいて,録音データは証拠としての価値が高い。無断で録音されたものであっても,通常の会話におけるものであれば,証拠能力を否定されることはない。
一方,盗聴については,人格権侵害を伴う方法として,証拠能力はないものとされる。
パワハラの認定に際しては,客観的事実と矛盾がないかを都度確認し,目的に対して手段が必要かつ相当であったのか,頻度・継続性がどの程度あったのかという点から判断する。その際,「平均的な労働者の感じ方」が基準になるという点に留意する。
1. パワハラの事実認定の難しさ
パワハラ関連の相談で難しいのは,決定的な証拠がない場合にどのように事実認定をするかという点にあります。
安易にパワハラ認定をしてしまうと,いわゆる「加害者」から懲戒処分の無効などの訴えを起こされる可能性もありますし,パワハラを認定するべき事案で認定せずに懲戒処分を行わなければ,いわゆる「被害者」から職場環境配慮義務違反で訴えられる可能性もあります。会社としては非常に悩ましい立場に追い込まれます。
2. 客観的証拠に基づく事実認定が必要
~供述証拠のみでは事実認定が困難~
西京信用金庫事件(東京地裁令元.10.29判決,判例 集未登載)は,録音などの決定的な証拠がない場合に,過去の同僚の供述を基にパワハラを立証しようとしましたが,裁判所は同人が「現在まで原告と交際がある友人であり…,本件証拠上うかがわれる関係性に照らし,原告の供述を支えるに足りる客観的な証拠力があるとまではいえない」として,パワハラを認定しませんでした。
ホンダカーズA株式会社事件(大阪地裁平25.12.10 判決,労働判例1089号82頁)では,原告は上司からパワハラ被害を受けたと主張しましたが,同主張を基礎づける証拠として,同人の供述を記載した陳述書し かありませんでした。
他方,継続的なパワハラ被害に遭っているとされている間に,同社員が会社代表者宛てに文書を提出し,食事をしながら直接対話しているものの,その後退職するまでパワハラ被害を訴えていないといった事情があり,原告の供述は信用できないとされました。
3. セクハラとパワハラの事実認定の違い
セクハラとパワハラの事実認定については,違いがあります。
セクハラは多くの場合,被害申告をする際に,人に聞かれたくない性的被害を明らかにすることにもなるため,ためらいを覚えるものです。
そのため,裁判所は原則として被害者供述を重視する傾向が高く,客観的な証拠がない場合であっても,具体的でかつ一貫していて,加害者とされる人物を陥れるなどの動機がなければ,被害者供述に基づきセクハラを認定することが多いと言えます。
一方,パワハラについては,加害者からの報復などは気になるものの,セクハラほど被害申告にためらいを感じることは少ないと言えます。
また,パワハラについては,業務指導とまったく関係のない暴行行為などは別にして,何らかの業務上の指導や注意と関連する場合が多いため,被害者が誇張して伝える場合もあります。そのため,パワハラ行為があったのか否かは,客観的な証拠に裏付けられていることを必要とします。
4. パワハラにおいて録音の証拠としての価値はかなり高い
人間の声というものには,言い方や微妙なニュアンス,常日頃の人間関係,感情などが表現されることが多く,裁判所の心証に多大な影響を与えます。
筆者も相当数の,いわゆるパワハラ録音を聞いたことがあるのですが,録音されている内容が,ヒアリング時の加害者の態度とはまるで違う大声・横柄な態度 であることに驚くことがあります。
また,録音が被害者側にとって有利な証拠になるとも限りません。録音の内容によっては,被害者の態度や業務に問題があったことがわかる場合もあります。
もっとも,隠し録音の場合,録音を取る側が若干挑発したり,誘導したりする場合もあり,その場合は録音の内容について再検討する必要があります。また,録音を編集して提出する場合もありますが,自分に都合のよいものだけを切り取って提出している可能性があるので,編集する前の録音を提出するように求めるべきです。
5. 秘密録音(隠し録音)は適法か・秘密録音による録音データは証拠として用いることができるか
(1) 秘密録音は適法か
「秘密録音(隠し録音)は適法ですか」と質問を受けることが,よくあります。また,秘密録音には,他人のプライバシーを侵害するのではないかという問題があります。
もっとも,秘密録音に関しては,他人が実際に話した内容を録音しているわけで,その意味では,他人は自らのプライバシーに関わる内容を開示しているということになります。
したがって,プライバシーの侵害の程度は,盗聴の場合と比較すると,低いと考えられます。
(2) 秘密録音・盗聴は証拠になるか
無断で録音した音声データは証拠になるでしょうか。
訴訟に提出されたある資料を事実認定のために利用し得るという適格(いわば証拠となる資格)を,証拠能力と言います。
無断で録音した音声データに証拠能力が認められるか否かについては,裁判所は,「著しく反社会的な手段を用いて人の精神的肉体的自由を拘束する等の人格権侵害を伴う方法」を用いないかぎりは,証拠能力は否定されないとは判断されないとしています(東京高裁昭52.7.15判決,判例タイムズ362号241頁)。
したがって,相手に無断で会話の内容を録音していたとしても,それが通常の会話の際に録音されていたという程度であれば,証拠能力を否定されることはありません。
一方,盗聴については,まったく自らの関与していない他人の会話を盗み聞きしているようなものですから,人格権侵害を伴う方法として,証拠能力はないと解されています。
(3) 秘密録音の証拠としての価値はどの程度か
次に,その証拠が裁判官の心証に影響を与えることができるかが問題になります。
筆者の実務上の経験からすると,秘密録音であっても証明力は非常に高いと言うことができます。確かに,被害者が誘導したり,場合によっては挑発している場合もありますし,また,一般的にパワハラでは,弱い立場の部下が強い立場の上司の言った内容を録音 している場合が多いため,強い立場にある上司が話す内容は日常の言動とほぼ近いものと言えるので,証拠としての価値は高いと言えます。
6. 客観的事実と矛盾があるか否かの確認
客観的事実と矛盾があるか否かの確認も,行う必要があります。
筆者の経験したパワハラの事例では,相談者が「何度もパワハラを受け,ひどい時には,終電がなくなっても,軟禁のような状態に置かれて,ひたすらつるし上げをされた」と述べていた事例がありました。ところが,加害者とされる人物のタイムカードを見ると,いずれも終電よりもはるか前の時刻に退勤しており,客観的な事実と整合性が取れませんでした。そこで,加害者とされる人物に確認をすると,「確かに厳しく業務上の失態を叱責し,それが1時間,場合によってはそれ以上続いたことはあるが,終電時刻を越えてまで行ったことは一度もない」と述べました。
このように,被害者が虚偽の事実を述べたというよりは,自分の中の記憶が時間の経過と共に変化していって,かなり大げさに被害申告をすることがありますので,客観的事実と矛盾がないかという確認は,都度行う必要があります。
7. パワハラ該当性について
パワハラ該当性については,紙面の都合上詳細に記載することができませんが,指針などを参考に,以下の点をポイントにして判断する必要があります。
(1) 目的に対して手段が必要かつ相当であったのか
「部下を指導するために厳しく叱責する必要があった」などと,加害者が事実確認の調査面談で述べることがあります。しかし,「死ね」「消えろ」「給料泥棒」などの言葉は,部下を指導するうえで必要かつ相当な行為とは言えません。他にいくらでも穏当な指導の仕方が可能だったはずです。
このように,目的に対して明らかに必要かつ相当とは言えないかどうかを基準にすれば,パワハラ該当性について判断することができます。
一方,重大な労災事故が起きるような安全衛生上の7ルール違反をしている場合に,「おい,何をやっている。ばか野郎」などと怒鳴ってしまうのは,生命や身体の安全を守るためには緊急性もあり,大声で厳しい言葉をかけることも,必要かつ相当と言える場合もあると思います。
このように目的と手段が,必要かつ相当であったかを検証していけば,自ずとパワハラ該当性については,一定の結論にたどり着くことができると思います。
(2) 頻度・継続性
人間ですから,部下の失敗などについ声を荒げてしまうことはあり得ます。そのため,どの程度の頻度・継続性をもって,目的に対し必要性・相当性を超えた行為と判断するかは,重要なポイントになります。
もちろん,暴行行為など,強い身体的または精神的苦痛を与える態様の言動の場合は,一度でもパワハラにあたり得ますが,通常は頻度・継続性がどの程度あったかがポイントになります。
(3) 被害者の感じ方は,直接にはパワハラ認定に影響しない
指針は,パワハラの一要素である,労働者の就業環境が害されるか否かを認定するにあたっては,「2 (6)…『平均的な労働者の感じ方』,すなわち,同様の状況で当該言動を受けた場合に,社会一般の労働者が,就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である」と示しています。
これは,被害者によっては感受性がさまざまで,パワハラについて敏感に感じる人もいますが,あくまでも「平均的な労働者の感じ方」を基に判断するという旨を明記したものです。意外に思われるかもしれませんが,被害者の感じ方は,直接にはパワハラ認定には影響を与えません。
もっとも,被害者の精神状態,職場環境については別途,配慮が必要になります。
(『労務事情』2022年10月1日号より)
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