企業と人材 「本音で語れる場づくり」部門 優秀賞:フォトデリバリージャパン
株式会社フォトデリバリージャパン 代表取締役社長
木下真琴さん
自分とつながることで好循環の起点となる実践施策
2018年に創業者から株式会社フォトデリバリージャパンの事業を受け継ぎ、代表取締役社長となった木下真琴さんは、未経験の業界で、トップダウン型に慣れた従業員に向けて、組織風土改革に乗り出します。組織内に「語れる場」をつくっていった約7年間の取組みと社内の変化についてお聞きしました。
本社 : 神奈川県横浜市
従業員数 : 17人(パート社員含む、2024年9月30日現在)
売上高 : 1億8,662万円(2023年3月31日現在)
事業内容 : アニメ・ゲーム・声優、舞台、アイドル関連のブロマイド写真プリント事業
企業の「外」から「中」へ
フォトデリバリージャパンは、商業用ブロマイドなどの製造を手掛ける会社です。正社員6人、パート11人の組織を率いているのが、木下さんです。
木下さんは大学卒業後、ベンチャーキャピタルに入社し、ベンチャーキャピタリストとして企業への投資や上場までの支援などに従事してきました。ベンチャーキャピタルに入社したのは、学生の時に父親の会社が倒産する経験をしたことで、「事業」とは何かと考えるようになり、経営や事業戦略などに関わる仕事に携わりたいと思ったからだそうです。
ベンチャーキャピタルで9年間務めた後、会社を退職した木下さんのもとに、運命の電話がかかってきます。前職時代に地域ファンド事業を通じて関わりがあった株式会社アサプリホールディングス代表取締役社長の松岡祐司さんからでした。
「電話を受けたのは、ちょうど公園で子どもと遊んでいる時でした。そこで電話越しに、フォトデリバリージャパンにグループ会社としてジョインしてもらいたいと考えていて、私にその会社の代表役員になってほしいと言われたのです。私はそれまで、ベンチャーキャピタリストやコンサルタントとして、企業の『外』から経営に関わったことはありましたが、企業の『中』に入って経営のかじ取りをした経験はありません。一度電話は置かせていただきましたが、お引き受けしないと自分が何か後悔しそうだな、と予感するものがあり、『私でお役に立てるなら』とお答えしました」
こうして、フォトデリバリージャパンはM&Aによりアサプリホールディングスのグループ会社となり、それに伴って、木下さんが創業者から事業を継承し、代表取締役社長に就任しました。とはいえ、写真プリント事業に携わったことはまったくなく、何もわからないなか、ゼロからのスタートでした。
社内は問題山積み?
継承後、社内には、経営状況を含めて数多くの問題が積み上がっていたそうです。
「これは半分冗談ですが、会社に初出社した時、工場の入口で煙草を吸っている社員を見ておののきました。ヤンキー高校に就任した新人教員のような気分でしたね(笑)」と木下さんは振り返ります。何より木下さんが衝撃と危機感を抱いたのが、仕事や働くことに対する社員の姿勢でした。
同社はそれまで、創業社長の強いリーダーシップのもと、事業をはじめすべての決定・決裁を社長が行う「ピラミッド型」の組織だったといいます。新しくきた木下さんに対しても、トップダウンでの指示を求める空気が社内にはありました。しかし、木下さんは、業界知識がないまま事業を継いだ自分では、トップダウン型の統治はうまくいかないと感じたそうです。
「写真のことについては、素人の私よりも社員のほうがよほど詳しいですし、仮に私が今後、事業内容や顧客などに詳しくなっていったとしても、私だけが決めていては、社内の動きや社外の動き、求められていること、必要なことと大きなずれが生じてしまうのではないか、そう直観的に思ったのです」
写真プリント業界は、スマートフォンの普及などもあって、斜陽産業の一つといわれています。そうした先行きが不透明ななか、全社で変化に対応し価値を提供し続けていく必要がある。トップ1人の判断だけに頼っていては、新たな事業やアイデアの創出は難しい―。そう考えた木下さんは、まずは、トップが示す正解のようなものや、指示に従おうとするがゆえに「思考停止」している社員の状態を切り崩していくところからはじめることにしました。それが、現場で起きていること、業務をするなかでの気づきなどを共有し合える組織風土醸成に向けた「土壌づくり」へのトライです。
「数字を追わない」経営?
最初の1年間は、事業や組織の現状を把握することからスタートした木下さん。そこから、徐々に、社員に対して、求める組織文化や働きたい職場について問いを投げかけていったといいます。
会社を経営していくうえで木下さんが掲げたことは、大きくは2つあります。一つは、「一人ひとりの存在が活きる経営をする」ということ。もう一つは、「数字を目的にしない」ということです。
前者については、社長がすべてを決めて牽引していくのではなく、社員一人ひとりが感じとったことや気づいたこと、意見を、最も価値あるものとして出し合い、方向性を決めていく組織運営を目指すことにしました。後者については、経営において数字は大切ですが、数字や特定の結果を目的化しないこと、そのために評価・査定などを行わないこと、ノルマを設けないことを決めました。個人に数字をつけるより、お互いの気づきを伝え合うフィードバック文化を浸透させていくことを優先したのです。
この考えを社内に伝えた時、従来のやり方に慣れていた社員からの反発は大きかったといいます。「こんな経営では、ぬるま湯になり成り立つわけがない」、そうとらえる人もいました。木下さんの考えに違和感があると、退職する社員もいました。それでも木下さんは、自分のやっていることが正しい/正しくないではなく、「自分が大切にしたい価値観から一貫性・整合性をもって取組み続ければ、きっといい方向に進むはず」と信じて、組織改革を進めていきました。
そして、就任から約1年が経った頃、ある飲み会の席で、社員全員に対して、今後、自分のことは役職ではなく「木下さん」と呼んでほしいと伝えました。最初は戸惑っていた人たちも、一度「木下さん」と呼びかけると違和感がとれていったのか、その後は、役職で呼ばれることはなくなったそうです。
「私は、『個人の存在や主体性が光ってこそ、強力な組織が生まれる』という考えをもっています。『さん』呼びは、誰でも自由に意見を言い合える風土を目指すための第一歩としてはじめました。でも、創業時からいるベテラン社員1人だけは『自分のけじめ的に、どうしても社長を‟さん”呼びすることはできない』と言うので、『木下社長』と呼んでもらっています。無理強いはよくないので、そういうあだ名だと思って受け入れています(笑)」
「数字」を正しく理解する
次に木下さんがはじめたのが、社員を対象にした決算書の見方を学ぶ勉強会です。
毎週1回、就業時間内の1~2時間を使って、木下さんが講師となり、社員全員にレクチャーしていきます。実際の会社の決算書を見ながら、その構造や意味を説明し、自社の価値がどうやって生まれてくるのかといったことへの理解を深めていくのです。各回のテーマは、「財務3表とは何か」「付加価値とは何か」「自社の価値は何か」といったものでした。この勉強会を通じて、例えば、「今月の付加価値率は○%と、前月よりここが変わっていますね」といった、以前では考えられなかった発言が社員から出てくるようになったといいます。
木下さんが決算書の勉強会を開くことにしたのには、大きく2つの理由がありました。
1つ目は、自分たちの事業が、どういう構造で成り立っており、どのようにして利益が出ているかといった全体像を、全員が理解しているようにするためです。先ほど、同社は「数字を追わない」「評価をしない」「ノルマを課さない」ことを決めたといいましたが、それは、各人を数字で管理するのではなく、各自が会社の収益と自身の生み出している価値の相関関係を理解したうえで、それぞれがどう取り組んでいけばよいかを学び、感じとり、挑戦し続ける組織とするためです。厳密な数字による評価はしないけど、会社全体としての業績や傾向は把握してほしい、それができれば、自分で選択して行動できるようになる、というわけです。「数字を追わないからこそ、数字を正しく理解する必要があるのです」と木下さんは言います。
そして2つ目は、事実にもとづいた社内コミュニケーションを促していくためです。
コミュニケーションにおいて、誰が正しい、何が正しいが先行しすぎると、切り口や発想が限定されてしまい、変化に対応しながら価値を提供し続けるために会社が向かいたい方向と逆行していきます。ここを変えていくために取り組んだのが、「事実や事象をまず伝え、それに対する自身の考えを説明してもらうこと」でした。「事実」であれば、誰の目から見ても一目瞭然ですから、意見も言いやすくなるはずです。そのツールとしては、事業にまつわる数字を上げ、その事実をもとに話し合いをしていくことが効果的だと考えたのです。
とはいえ、いくら事実にもとづいていても、そのとらえ方によって意見が対立することもあります。それでも、数字があれば、その根拠や背景を紐解いていくことで、互いの理解も深まっていくはずです。
「決算書を題材にしたことで、根本の目的は共通していることが理解でき、感情的なぶつかり合いにならずに話し合いを続けることができました」
なお、現在は、決算書の説明はひととおり終了したため、会社の数字を社員に随時公開し、おのおのがそれをもとに会社の経営状況や傾向を読み解いていく形をとっています。
自分の価値観って何?
2023年11月からは、社員が自分自身や仲間の価値観を自己理解・相互理解していく「価値観の共有」に向けた対話をはじめました。これは、社員を対象に月に1~2回、就業時間内の2~3時間を使って行っているものです。初回は、「誠実さ」「共感」「健康」といった価値観が書かれたカードのなかから、自分にとって重要だと思う7つを選び、お互いに紹介し合うワークを実施しました。
2回目以降は、各回のテーマについて自分の考えを伝え、みんなで話し合っています。これまでに、「タスクとの向き合い方」「あなたにとって重要度の高い仕事とは」「私が感じる幸せな職場環境って何だろう」といったテーマで開催してきました。 勉強会やワークで木下さんが気をつけているのが、全員がなるべく均等に発言できるようにすることです。「意見を言いにくい人がいるな」と感じたら、まずは全員に自身の考えを紙に書いてもらい、順に発表していくといった工夫もしています。
「人は、それぞれ、自分の理解度とキャパシティのなかでベストを尽くしています。それらの幅や深さは一人ひとり違いますし、正解もありません。だからこそ、全員が自分の意見を言うことが大切なのです。テーマに対して自分の感じたことを言葉にしながら、自分と他人の理解度とキャパシティがどう違うのかを知っていくことは、言い換えれば、自分自身を知ること、つまり、『自分とつながる』ことになるのではないかと思っています」
社内の好循環を業界へ!
組織変革の土壌づくりにより、社内や工場では、対話や社員同士の声掛けが増えてきたそうです。
面白いことに、「数字を追わない」ことの成果は、「数字」に表れてきました。取組みをスタートした2019年と2023年を比較すると、経常利益率は4.5%から10.8%へ、自己資本比率は3.4%から29.9%へと変化しました。取組み開始直後の入れ替わりはありましたが、以降は正社員に退職者は出ておらず、パートの定着率も9割前後となっています。
そして木下さん自身も、この5年間のなかで、経営者としての視点が変化してきたといいます。
「はじめは、会社を倒産させないようにしなければと必死でしたが、社員と向き合っていくなかで、一人ひとりがもつ可能性をどうやって引き出していくか、それぞれが価値観や強みを発揮できる場をどうつくっていくかといったことに関心が移ってきたのです。『数字ありき』から『人間ありき』への移行といえるかもしれません。一人ひとりの可能性を120%活かしきれる会社にしていくことが、結果として数字につながっていくということを、この会社に入って、みんなに教えてもらったと思っています」
今後は、「誰もが、チームやコミュニティ内に幸せの好循環を起こしていく起点になれる」という思いのもと、社員がさらに輝ける職場環境をつくっていくことが自分の使命だといいます。
「自分の価値観を知り、行動していくこと、対話を通じてお互いへの理解を深めていくことで、みんなが輝ける職場にしていく。そうした好循環を起こしていくなかで、いつか、フォトデリバリージャパンが業界変革の起点になれたら、と思っています」
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