企業と人材 「働く責任 働く自由」部門 最優秀賞:仕事旅行社

企業と人材 「働く責任 働く自由」部門 最優秀賞:仕事旅行社見積書ダウンロード定期購読・試読・web見本誌のお申し込み

株式会社仕事旅行社 代表 田中翼さん

仕事旅行式「自己成長のための自律支援プログラム」

 副業・兼業制度が拡大したことで、社会人の働く自由度は以前に比べるとかなり広まったように感じます。とはいえ、「自分に何が向いているのかわからない」「やってみたいけど勇気がない」という人も多いでしょう。企業側からは、「制度を導入しても利用者が少ない」「効果がわかりにくい」といった声も聞こえます。そうしたなか、「仕事体験」を通じて、自律的な学びやキャリアの振り返り、マインドセットにつなげるプログラムがあります。株式会社仕事旅行社の田中翼さんにお話をうかがいました。

会社概要
本社   : 東京都港区
従業員数 : 4人(2024年11月末日現在)
事業内容 : 職業体験イベントの企画・運営、職業イベント紹介ホームページの運営

閲覧用PDFのダウンロード

「働く責任 働く自由」部門 最優秀賞:仕事旅行社
閲覧用PDFのダウンロード

「仕事旅行」って?

 「働くことで自己表現を。そんな仕事文化をつくる会社」、それが仕事旅行社です。同社が手掛ける事業の一つが、旅をするようにさまざまな職業(仕事場)を体験する機会を提供する「仕事旅行」です。これは、知識だけでなく、新たな気づきや仕事へのモチベーションアップをうながす1日就業体験です。個人向けのプログラムからはじまり、現在は、社員のキャリア開発やミドル・シニアの活性化、ウェルビーイング実現など、さまざまな課題に対応する形で法人向けプログラムも実施しています。
 田中さんが短期間の越境体験となる「仕事旅行」を思いついたのは、金融業界で働いていた頃にはじめた「勝手な職場訪問」からでした。自分のやりたいことやこの先の人生をどう歩んでいきたいかがわからなくなるなど、キャリアに迷った時期があったそうです。そこで、何かヒントが得られないかと思い、知人や興味のある人にアポイントをとって、その人の職場に行って話を聞くことをはじめました。
 「いろいろな人から話を聞くなかでみえてきたのは、人によって価値観は異なり、それによって仕事への受け止め方も変わってくるということです。同じ職種でも、『仕事は楽しい』という人もいれば『仕事は苦行だ』という人もいました。職場訪問を通じて、『自分も仕事を楽しいと感じられる価値観で生きていきたい』と思うようになったことで、世界がぱっと開けて、迷いが消えていきました。そこから、自分と同じようにキャリアで悩んでいる人に、情熱的に働いている人や職場があることを体感してもらうことができれば、より前向きに仕事や人生に向き合えるようになるのではないかと考え、2011年に『仕事旅行』の提供をはじめました」
 「仕事旅行」が目指すのは、他の職業やそこで働く人と関わる体験を通じて「仕事の軸」を明確にし、「仕事の幅」を広げ、自発的な学びにつなげていくことです。この背景には、田中さんがずっと感じていた「日本では、社会人になっても学び続けている人が少ないのはなぜか」という課題感がありました。
 「私は、日本人が学ばないのは、仕事に対する情熱が欠如していることに要因があると思っています。『自分が何をしたいのか』といった目的がはっきりしていなければ、自ら進んで学ぼうとは思わないでしょう。でも、『自分が何をしたいのか』を1人で探すのは難しいものです。他者・他社と接点をもつことで、キャリア観が変わったり、ロールモデルがみつかったり、自己認識が高まったり、ネットワークが広がるなどの変化が起き、それが学ぶ意欲につながっていく。そうした場の一つに『仕事旅行』がなれればと考えています」

「旅行先」での体験とは?

 現在、「仕事旅行」先としてラインナップされているのは100種ほど。左官や漆塗り、そば職人見習いといった職人業、民間図書館の館長や農家、AI技術者などの専門職、花屋やレストランオーナーなど、情熱あふれる多種多様な「旅行先」が並んでいます。ちょっと変わったものでは、占い師や狩猟体験といったものもあります。
 これらはすべて2時間~1日のプログラムで、希望者は同社のホームページから行きたい「旅行先」と日時を選んで応募します。体験料は、時間や内容にもよりますが、1万円前後のものが多いようです。
 仕事先は、これまでの参加者の声などを参考に、多くの人が興味をもちそうなものを田中さんが選定し、直接依頼しています。その際に大事にしているのが、そこで働いている人が、「自分の仕事が好きなこと」「仕事に対する思いを強くもっていること」、そして、「『実業』としてきちんと成り立っていること」です。これは、ただ「楽しかった」で終わらせないために、また、人手不足など「仕事先」の課題優先となってしまわないようにするためです。
 プログラムは、参加者が、自分が選んだ「仕事先」に行き、その仕事に携わっている人=「ホスト」について仕事を体験する、というのが基本の形になります。そのなかで必ず実施しているのが、その職業の楽しいところ/大変なところについて話してもらうことと、ホストとの「対話」です。田中さんからは、ホストに対して、1その職業に就いた経緯、2仕事の醍醐味、3仕事でつらいこと、の3つは必ず参加者に話してもらうように依頼しているそうです。
 「どんな職業・仕事にも楽しいこともあれば苦しいこともあります。それらを隠さず参加者に伝えてくださいとお願いしています。これは、『あの人だからできた』と思われてしまうと、参加者がその仕事を自分と切り離してとらえてしまい、思考が深まっていかないからです。ホストから、その仕事に就くまでや悩んだことなどを聞くことで、『自分にも似たような経験がある』『自分だったらどうするだろう』といったように、自分ごととして考えてもらうことができるようになります」
 この「自分ごと化」とあわせて重要になるのが、参加後の「内省」です。「仕事先」での経験から学び、ホストとの対話を通じて自身の内省を深めていくことで、「やりたいこと(軸)」が絞られ、「できること(幅)」が広がっていきます。そのため、プログラムの最後には、「本日の感想」「今後に活かしたいこと」を参加者が考え、ホストなどからフィードバックをもらう時間も設けています。こうした「経験学習」の要素が組み込まれているのも、「仕事旅行」プログラムの特徴です。
 旅行先企業やホストからは、「参加者との対話を通して、あらためて、仕事に対するプライドをもてるようになった」「自分が携わっている仕事の新たな価値がわかった」といった声があがっています。「仕事旅行」から、協業や地域行事への参加など、新たなつながりも生まれているといいます。

「仕事旅行」は土台づくり?

 「仕事旅行」は、当初は、個人向けプログラムのみでしたが、参加者から「自分の会社でも導入してほしい」という声があり、2023年から、法人向けプログラムの提供をはじめました。
 「人事部の人からは、よく、社員の自律的な学びを促すためにオンライン研修や越境学習プログラム、副業を導入しても、活用してくれる人が少ない、といったお話しを聞きます。これは、社員のなかに、まだ、『自律的な学び』に対するマインドセットができあがっていないからではないでしょうか。そうした企業に対しては、学ぶ意義を認識してもらうための『土台づくり』として『仕事旅行』を活用しても らっています」
 法人向けプログラムは、参加チケット(50回セット)を購入する形になります。チケットをどのように活用するかは各企業に任せており、特定の研修の受講者または特定の役職・階層・年代の社員に割りあてているところ、手あげで参加者を募集しているところなどさまざまです。若手向けキャリア研修でのマインドセットや、ミドル・シニアのキャリア再発見といった、キャリア開発の一環として導入する企業が多いということです。「旅行先」についても、提供しているすべての「旅行先」から選ぶ場合と、自社の課題やテーマによって「旅行先」をいくつか選定し、そこから社員が選ぶ場合など、企業によるといいます。
 体験先は、基本的には個人向けと同じですが、異なるのは、希望企業に対して、事前・事後のワークショップを実施している点です。事前ワークショップでは、「仕事旅行」に行くにあたっての参加者のマインドセットを促していきます。具体的には、プログラムの概要や実施の意図を説明した後、仕事旅行社・講師のファシリテーションのもと、「目指したい生き方」「大切にしてきたこと」を考え、そこにつながる「旅行先」はどこかを自身で考えていきます。迷っている参加者に対しては、おススメの「旅行先」を提案することもあるそうですが、基本は、本人の希望を優先します。
 事前ワークショップの後は、3カ月くらいの期間を設けて、各人に自分の選んだ「旅行先」で「仕事旅行」を体験してもらいます。そして、体験後に再度参加者を集めて、事後ワークショップを実施します。ここでは、お互いの体験を共有し、旅を通じて学んだことを今後の仕事にどう活かしていくかをそれぞれが考えていきます。
 「事前ワークショップ→仕事旅行→事後ワークショップ」までの期間は、だいたい4カ月程度になるそうです。
 参加者からは、「自分がどれだけ恵まれているのかを感じた」「現在の職場の一員なんだという意識が高まった」「仕事は楽しいものなのだと気がついた」といった声があがっています。
 例えば、ある大企業に勤めるAさんは、定年が近づくなか、「このまま漠然と会社に居続けていいのか。自分にも何かできないか」というモヤモヤを抱えるなか、会社のキャリア研修の一環として「仕事旅行」に参加しました。Aさんは、「手話カフェ」と「占い師」の2つの旅を通じて、「自分の経験とスキルを過小評価し過ぎていた。できることはもっとある」と考えるようになり、同世代の社内コミュニティを立ちあげたり、会社の副業制度に応募するなど、自分から行動を起こすように変化していったそうです。
 参加者が「旅行先」で得てくるものはさまざまですが、若手層は、ホストからリーダーシップについて、中堅層は、仕事先のビジネス戦略や経営などについて、ミドル・シニア層は、セカンドキャリアや副業といった視点での学びが多いようです。

「仕事旅行」で養われるのは?

 法人向けプログラムの参加者は年々増えています。一方で、企業や参加者によってはプログラムの趣旨や目的が共有されておらず、スキル獲得のプログラムと受け止められたり、「ちょっと変わった越境プログラム」ととらえられたりすることもあると田中さんはいいます。
 「『仕事旅行』は、情熱をもって仕事に取り組む他者との交流を通して、受講者の情熱に火を灯すこと、スキルよりも視野や価値観を広げることを重視しています。その点が、スキルや知識の習得や目に見える何かを得る研修とはまったく違います。こうした点をしっかりと理解・共感してもらったうえで導入・参加してもらえるよう、事前説明など企業や人事部の方との認識のすり合わせは丁寧に行うよう留意しています」
 副業・兼業同様、参加後の離職リスクについて聞かれることも多いといいます。そこについて田中さんは、「ほかを体験したら離職されてしまうというのは、実は逆なんです」と話します。
 「口ではいろいろ言いながらも、今働いている会社に愛着をもっている人がほとんどですし、社歴の長い人ほど、そうした傾向が高いように感じます。そんな人たちが、たった1日、ほかの職場や仕事を体験したくらいで仕事を辞めてしまうことは、まずありません。逆に、自社のよいところに気がついたり、今の仕事でのやりがいや挑戦できる余白を再発見するほうが多い。人事の人には、もっと自社の価値に自信をもってほしいと思っています」
 今後も、「仕事旅行」を起点に、社会人の仕事に対する情熱を高めていきたいという田中さん。中小企業などへもプログラムを広げていくことで、働く人のキャリアに対する課題解決と、学びへのマインドセット、スキルアップ、そして、企業の活性化につなげていきたいと考えています。いろいろな職種・職場・層で「仕事旅行」のようなキャリアや働き方を考える機会が増えれば、社会人の学びはより深まり、広がっていくのではないかと期待しているそうです。
 「『仕事旅行』は、個人の内面に問いかけ、深い気づきや新たな視点を得ていくための体験です。効果を数値化するのは難しい一方、この体験を通じてスキルアップ研修やキャリアアップ施策への参加意欲を高めることが期待できます。実際、社内大学を運営するある企業では、若手社員や新入社員に早期に『仕事旅行』に参加してもらうなど、研修や育成施策の入り口として活用する動きが広がっています」ほとんどの「仕事旅行」が1日で完結することも大きな魅力です。そうした手軽さを活かしながら、さまざまな場所や職業に何度も触れることで、多様な情熱に出会う機会を提供していくことが重要だと田中さんは言います。
 「貴重な体験を単発で終わらせるのではなく、継続的に参加できる仕組みを取り入れていくことで、モチベーションを維持しつつ、視野の広がりや行動変容を促進することができます」

 働くうえで「責任」と「自由」は表裏一体です。キャリアに一本筋が通れば、主体的に学ぶことができ、より大きな責任を果たしていくこともできるでしょう。自分の軸や価値観を育む学びを「仕事旅行」からはじめてみてはいかがでしょうか。

閲覧用PDFのダウンロード

「働く責任 働く自由」部門 最優秀賞:仕事旅行社
閲覧用PDFのダウンロード

【特別公開記事】「HR’s SDGsアワード」受賞企業の取組み

企業研修に特化した唯一の雑誌! こんな方に
  • 企業・団体等の
    経営層
  • 企業・団体等の
    教育研修担当者
  • 労働組合
  • 教育研修
    サービス提供者
  1. 豊富な先進企業事例を掲載
  2. 1テーマに複数事例を取り上げ、先進企業の取組の考え方具体的な実施方法を理解できます
企業と人材 詳細を見る

ページトップへ