看護のチカラ 性的マイノリティと看護
●浅沼智也(あさぬま ともや) TRANS VOICE IN JAPAN代表・看護師
1989年、岡山県生まれ。18歳まで総社市で過ごした後、関西の短大に進学。24歳で上京。現在は都内で看護師として働いている。著書に「虹色ジャ~ニ→女と男と、時々ハーフ」(文芸社)がある。ドキュメンタリー映画「I Am Here―私たちはともに生きている―」では監督・主演を務める。
はじめに
昨今LGBTという言葉がメディアでも取り上げられることが多くなり、社会的に多様な性が浸透しつつあります。LGBTは、性的指向の視点からみた場合のマイノリティであるL(lesbian)、G(gay)、B(bisexual)、そして、性自認の視点からみた場合のマイノリティであるT(transgender)を合わせた言葉です。ただ、セクシュアリティというものは多様で、LGBTでは括ることができない場合も多くあります(表)。
表 多様な性を考えるための性の構成要素
たとえば、割りあてられた性別が女性で、性別に違和感があり性自認(性別に関する自己意識)が男性の場合を「トランス男性」と言います。逆に、割りあてられた性別が男性で、性別に違和感があり性自認が女性の場合を「トランス女性」と言います。かつては、トランス男性を「FTM(Female to Male)」その逆を「MTF(Male to Female)」と呼んでいましたが、現在は「トランス男性(あるいは女性)」という表現へと切り替わってきています。また、割りあてられた性別が女性であることに違和感は抱くけれど、必ずしも男性になりたいわけではない、男女どちらでもある(またはどちらでもない)」場合に「FTX」、逆の場合に「MTX」と自己規定する当事者もいます。「X」という表現はF・Mではなく「何か」を表します。「Xジェンダー」や「ノンバイナリー」とも言います。
また、人権の観点で「LGBT」「LGBTQ」「性的マイノリティ」などの言葉は「SOGI」「SOGIE」という用語に変わりつつあります。性は性的マイノリティだけにかかることではなく、すべての人に位置づけられるものだからです。SOGIEとは性的指向(sexual orientation)と性自認(gender identity)と性別表現(gender expression)の頭文字を合わせた言葉です。
このように性を表現するさまざまな用語がありますが、LGBTとそうでない人と区別をするのではなく、性はグラデーションであることを知っていただければと思います。
この稿では、医療機関における性的マイノリティ(とくに性同一性障害やトランスジェンダー)の現状や問題とその対策について述べたいと思います。
性同一性障害とトランスジェンダー
性同一性障害(gender identity disorder:GID)は精神疾患であり診断名になります。一方でトランスジェンダーは割りあてられた性別に違和感を抱き、自認する性別で生活をしたい(している)人たちを指します。現在、海外ではGIDという言葉はほぼ使用されておらず、精神病理化する表現を忌避するために当事者たちが使用し始めたトランスジェンダーが主に使用されており、日本でもその言葉を使用することが多くなってきています。
次にGIDの治療ですが、精神科領域の治療と身体的な治療があります。精神科領域では当事者の性別違和の程度や自認する性での実生活を送れるかなどの実体験をしてもらい、身体的な治療に進むか検討していきます。身体的な治療としては、トランス男性の場合は乳房切除術、子宮卵巣摘出術、尿道延長術、そして陰茎形成術があり、トランス女性の場合は陰茎切断術、精巣摘出術、外陰部形成術、膣腔形成術があります。性別違和の程度は個々に異なるため、身体的な治療まで望まない当事者もいます(同性愛も以前は精神疾患とされていましたが、同性を好きになることは自然であること、治療の対象とならないことなどから1992年にWHO(世界保健機関)による国際疾病分類改訂第10版(ICD-10)1)から削除され脱病理化をしています)。
性同一性障害に関する社会の動き
2003年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下、特例法)が制定(2004年施行)され、GID当事者は一定の要件をクリアすれば戸籍上の性別が変更できるようになりました(資料)。
資料 性別の変更の要件 (「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」 第3条第1項)
この法律により性別変更をした当事者は、2019年末までで計9,625人にのぼります。
しかし、当事者のなかには要件のハードルが高いこともあり、性別を変更できない人も少なくありません。海外に目を向けるとアルゼンチンやデンマークなど手術や裁判も不要で性別が変更できる国もあります。また、WHOは2019年の総会でICD-11を正式承認し、そのなかでGIDが削除され脱精神病理化をしています(2022年1月に発効予定)。しかし、GID治療をするためには医療介入が必要不可欠になるため、性の健康に関する状態という分類に入り、gender incongruence(仮訳:性別不合)という定義になっています。
それを踏まえ、現在、2004年より施行されている特例法の要件について改正しようという動きが高まっています。また要件の改正ではなく、性別の移行を望むことを病理ととらえつくられた特例法自体を廃止し、新しく性別移行に関する法律をつくるべきという意見もあがっています。
医療現場で当事者が直面する問題
性的マイノリティ当事者は年齢や地域に関係なく暮らしており、あらゆる病気やけがで医療機関へアクセスする可能性がありますが、受診・入院することに対し不安感を抱く人が多い印象を受けます。その理由として、医療従事者側の性的マイノリティに関する正しい理解や知識の不足、多様な性の人たちが受診・入院することを想定したシステムづくりができていないことがあげられます。
たとえば、見た目と戸籍上の性別が一致しないトランスジェンダー当事者の場合、健康保険証を提示した際に事務員から本人確認を何度もされることも珍しくありません。確認をすること自体は問題ありませんが、大きな声で本人確認をすることで周囲から奇異な目でみられるのではないかという不安を与えたり、強制的なカミングアウトにもつながる可能性がある行為です。
私が去年実施したGID/GD/トランスジェンダー当事者の医療アクセスに関するアンケート調査2)では風邪、けが、体調不良時に医療機関の受診をためらったことがあるかという問いに対し、約半数が受診をためらったことがあると回答しました(図1)。
図1 風邪、けが、体調不良時に医療機関の受診をためらったことがあるか
その理由を自由記載で尋ねたところ、見た目と戸籍上の性別が異なるため身分証を提示した際に何回も確認されることへの不安、同じ境遇にある当事者から医療機関で嫌な思いをした話を聞いたことなどがあげられました。また、問診票に性別欄があることにより、どちらかに丸をつけなければならず抵抗感があると記載していた当事者も複数人いました。このように、とくに見た目と戸籍上の性別が一致していない当事者への十分な配慮が整っているのか不安を感じながら受診する当事者は少なくない現状がデータからも見受けられます。
また、医療機関の「受診」時に嫌な体験をしたことがあるかとの問いに対し、約半数が「嫌な体験をしたことがある」と回答しています(図2)。
図2 医療機関の 「受診」 時に嫌な体験をしたことがあるか
具体的な内容を自由記載で尋ねたところ、受付時に本人確認を何度もされてしまうことや見た目にそぐわない名前(男性・女性特有の名前)を受付時や診察時などに何回も呼ばれてしまうこと、診察中に上半身裸の状況で聴診や触診をされたこと、医師と話している最中にカルテの性別や名前がみえたこと、受診自体を拒否されたなどがあげられました。
「受診」時に嫌な体験をした診療科を質問したところ、内科が一番多く、その次に精神科でした(図3)。
図3 「受診」 時の嫌な体験をした診療科 (複数回答)
一般的に風邪などで最初に受診をするのが内科であることが嫌な体験をした診療科として多くあげられた理由の1つだと考えられます。次に精神科が選ばれたのは、先述のとおりGIDは精神疾患の1つとされており、治療に進むためには精神科医の診断が必要であるため受診をしている当事者が多くいるからという理由があげられます。そのほかとして、整形外科や皮膚科、眼科などがあげられました。また、ジェンダーが連想されるような科(婦人科や泌尿器科)だけではなく、どの科においても当事者が嫌な思いをすることはアンケート調査のデータからもみえてきているため、医療機関側の対策が必要になってくると思います。
受診時と入院時でトランスジェンダー当事者が困難に感じること
受診時と入院時において、とくに見た目と戸籍上の名前、性別が異なるトランスジェンダー当事者に対しては柔軟な対応をする必要があります。まず、外来受診時と入院時において不安に感じること、困難なことをあげたいと思います。
①外来受診時に感じる困難
- 健康保険証などの身分証提示の際に事務員に本人確認をされてしまう
- 診察時に医師や看護師などがフルネームで本人を呼んでしまうことで周囲から奇異な目でみられる
- 診察時に説明なく、身体検査(上半身の衣服をまくるなど)をされてしまう
- 各検査(検尿やレントゲン撮影など)をする際、ジェンダーに分かれた場所を使用しなければいけない場合に、性自認に基づいた使用ができない可能性がある
- 会計時などに再度フルネームで呼ばれてしまう
- 理解や知識のない医療従事者が対応した場合に何度も自身について説明しなければいけない可能性が高い
②入院時に感じる困難
- カルテ情報などあらゆる場面で自身のセクシュアリティをアウティング(第三者に暴露される行為)される可能性が高い
- 病室前の表札やベッドネーム、リストバンド、配食の際のネームプレートなどがフルネームで記載される
- ジェンダー別に分かれているもの(病室、トイレなど)がある※病院によっては入浴時間や病衣なども分けられています。
- 清拭や陰部洗浄が必要な場合の介助する人の理解や配慮の不足
- 長期入院になった場合に、GID治療(ホルモン療法)が継続できるかなどの不安
医療機関へ受診をするだけでも不安になる要因が多い当事者にとって入院はさらなる不安やストレスにつながりやすく、早急に病院全体で対策を考えていく必要があります。
次に、実際にトランスジェンダー当事者が入院した事例をあげ、考えていきたいと思います。
個人に関する情報
・A山B子(通称名:A山B太)
・トランス男性(戸籍上〔法律上〕は女性、性自認は男性)、改名未
・ホルモン療法を10年実施し、見た目は男性化している
入院の状況
交通事故に遭い骨折したため入院・手術予定。本人は個室を希望。個室は空いているが、個室料金が発生するとの説明を医療従事者から受け、金銭的に支払い困難のため大部屋へ入院となる。
女性部屋での入院生活となったが、人目が気になり(周囲が混乱しないように気を遣っている)なかなかトイレに行くことができない。病室の表札・ベッドネーム・腕につけているリストバンドも全部戸籍上の氏名が記載されており、日常生活で通称名を使用していた当事者は嫌悪感を覚える(周囲にいる知人や友人には通称名で接してもらっているため交友関係者で本名を知る人はいない)。治療に専念したいが、自身を見る周囲の目が気になることもたびたびありゆっくり休めない状況が続く。
病室内で声(ホルモン療法をしており声が低い)をなるべく出したくないが、医師や看護師などから話し掛けられた際に返答しなければならないことやカーテンをしっかりと閉めてくれないことで、自身の姿が同室の患者さんにみられてしまう不安感など精神的な苦痛も増した。医師や看護師に不安なことや配慮してほしいことを伝えたいと考えてはいたが、どこまで医療従事者側にセクシュアリティの理解や知識があるのかわからず、アウティングのリスクなどを考えると伝えられず入院中耐え忍んだ。
こんなときに看護師はどのような方法を取ればよいのか考えてみましょう。
この事例の場合、入院時のアナムネが大切です。既往歴や家族構成などを確認する際に治療段階(入院に対し必要な場合のみ聴取)やカミングアウトの状況なども当事者に「話せる範囲で教えてください」など一言添えて聞くようにします。こうすることでアウティング防止にもつながります。そして、当事者に事前に入院中不安になりそうな要因を聞き、対応策を検討することで、なるべく当事者がジェンダーのことで不安なく入院できるよう環境を整えておく必要もあります。また、事前に当事者のジェンダーをどこまでのスタッフの範囲で共有しておくかも当事者に説明しておくと不安感が軽減される可能性が高まります。
さらに、氏名が記載されたリストバンドは手首ではなく足首につけ、なるべく本人や他者に見えないような工夫をします。ほかの同室患者の混乱などを予防するためにも病室の入口付近やトイレに一番近い場所に当事者のベッドを配置することも1つの手段だと思います。
ただ、トランスジェンダーといっても多様であり、治療段階や家族との関係性、置かれている状況によって当事者の困難さは個々で異なるため、その当事者に寄り添いながら感じている不安な事柄に対して解決・緩和に向けて動いていくことが大切です。
受診時に医療従事者に配慮してほしいこと
アンケート調査では、医療機関を受診する際などに感じる困難として、自身のジェンダーを選択しなければいけない問診票や見た目と戸籍上の性別が異なることによる懸念などが上位にあげられており(図4)、不必要な性別の取り扱いにより当事者が医療から遠ざかる原因にもなっているため改善する必要があります。また、国内には性別の取り扱いに配慮をしている医療機関がすでに存在しており、当事者たちはその医療機関に対しアクセスしやすいと感じていることもわかっています。
図4 受診時に医療従事者に配慮してほしいこと (複数回答)
同性愛者や両性愛者が受診時や入院時に困難を感じること
2015年以降、各自治体で同性カップルへの保障として同性パートナーシップ認定制度が取られるようになりました。日本では同性婚がまだ認められていないため法的な効果はありませんが、自治体が公的に認めるパートナー宣誓書や公的証書をもっておくことで、入院の際に法的な関係性がなくても家族と同様にキーパーソンとする医療機関も増えてきました。また、市民病院で、患者の意識がある場合、その患者が希望する人をキーパーソンとして認める旨をホームページに記載している自治体もあります。患者の意識がない場合でも緊急連絡先カードを作成し、当事者に常に携帯しておくよう啓発活動をしているNPO法人や任意団体などもあります。同性カップルの場合、法的な関係性でないパートナーがキーパーソンとして認めてもらえるか不安に感じている当事者は少なくありません。看護師はなるべく患者さんに寄り添いながら気持ちを代弁したりサポートをしたりすることが必要です。また、入院と性的指向とは直接的な関係がないことが多いため、自身のセクシュアリティについてカミングアウトをする当事者が少ない印象ですが、カミングアウトされた場合もアウティングをしないように気をつける必要があります。
間違った配慮方法で起こり得ること
トランスジェンダーの患者さん1人だけに異なる対応をすると、より当事者が目立ってしまう場合があるので注意が必要です。たとえば、診察時などにフルネームで呼んでいる医療機関で当事者のみ番号で呼んでしまうことによりかえって目立ってしまう、過度に配慮することで不自然な光景となりかえって当事者が目立ってしまうといった場合です。
医療従事者側が善意でしたことが、当事者にとっては逆効果になることもあるため、必ず当事者に確認などを取りながら対応していくことが必要です。
職場内にも当事者がいるかもしれない
2012年および2015年に電通ダイバーシティ・ラボがLGBTの割合を調査しました。2012年ではLGBTは有効回答者中5.2%(6万9,789人中3,637人)、2015年では7.6%を占めたと発表しました。そのほかにも2016年に博報堂DYグループLGBT総合研究所が約10万人を対象にした同様のスクリーニング調査の結果、LGBTに該当する人が5.9%、アセクシュアルなどそのほかの性的マイノリティに該当する人は約2.1%でした。性的マイノリティ全体では8.0%を占めることになります。これらの結果として性的マイノリティは日本全人口の約7~8%を占めるという見解が広く認識されています。
これは左利きやAB型の人と同様の割合といわれており、年代や職業などを問わず、当事者があなたの身近にいる可能性を示しています。しかし、当事者かどうかはその人がカミングアウトをしないかぎりわからないことがほとんどなので身近にはいないと感じる人もいると思いますが、多様な性があることを想定しながら生活をすることはとても重要です。
職場内で「うちの職場にはLGBTはいない」「好きな女性のタイプは?」などと他者と会話をすることで、仮に当事者がいた場合、職場にカミングアウトがしづらくなる恐れがあります。また、筆者自身が体験したことですが、信頼していた同僚のみにカミングアウトをしたにもかかわらず、翌日あたりにはほぼ全員の職員が筆者のセクシュアリティを知っていたことがありました。その同僚を信頼して話していたので他者に漏らされたことを知ったときはとても悲しい気持ちになりました。また、職員のなかには差別的な発言をする人やセクハラととらえられるような発言をする人も存在し、アウティングが問題で退職をしたこともあります。アウティングにより実際に自死した当事者もいるため、たとえよかれと思ってやったことでも本人に確認もせず他者に話すことでその人の人生すら変わってしまう恐れがあると認識し、他者に話す際は必ず事前に当事者に相談や確認をすることが大切です。
医療機関での対策
ここまで医療機関にかかる際の性的マイノリティの抱える問題について述べてきました。では、医療機関側はどのような対応をするのが望ましいでしょうか。病院全体として、また看護師個人として行うべき対応についてあげたいと思います。
①病院全体として行うべき対応
・LGBTQに関連したポスターや情報資材の設置、レインボーフラッグやレインボーカラーの入った名札を作成する
・ホームページに配慮していることを記載する
〇直面する問題を知り、緩和できるシステムづくりを行う
・問診票の性別欄撤廃や男女以外に「その他」を追加する
・診察券を通称名で使用できるようにする
・診察時の呼び方を工夫する
・同性パートナーがキーパーソンになれること
を院内で周知しておく
・多様な性の研修を行う
〇(看護師と患者〔当事者〕との関係として)コミュニケーションのなかで適切な言葉を用いる(差別的な言葉は使用しない)
・先入観や固定概念で接しない
〇個人情報の機密性について患者やほかの看護師と話し合う
・アウティングをしない
・関係者のみがカルテを閲覧できるようにする
・当事者の希望をかなえられないこともあるため、落としどころを一緒に探すことも大切
・性別の扱いを事前に検討しておく
①個人として行うべき対応
〇多様な性を正しく理解する
〇肯定的なメッセージを発信し続ける
〇本人のプライバシーを守る
〇わからないことは本人と一緒に考える
おわりに
医療従事者の対応によって当事者が医療機関に抱く最初の印象が決まります。その印象によって、当事者がジェンダーやセクシュアリティについてどこまで話せるかを判断する可能性が高く、看護師との関係性も変わってきます。医療機関はだれでも安心・安全に受診や入院できることが求められています。多様な性を視野に入れ、柔軟に対応できる看護師が増えることを願っています。
[2021年 4月]
【参考文献】
1 )WHO:International Stastistical Classification of Dis-
eas-es and Related Health Problems 10th Edition, World
Health Organization, 1992.
2 )名古屋市立大学看護学部・大学院看護学研究科:国際保
健看護学 https://www.nagoya-cu