【6月号先行公開】これってOK?新しい働き方のための労働法解説Q&A
神内法律事務所 弁護士 神内伸浩

人事実務

人事実務 2020年6月号

「人事実務」6月号から、神内伸浩弁護士による新連載「これってOK?新しい働き方のための労働法解説Q&A」が始まります。新しい働き方に向けて、人事担当者が押さえておくべき法律や、気をつけなければならないことをQ&A形式で紹介します。第1回は、昨今の状況を踏まえ、テレワークを緊急で導入する際に気をつけることは何か、解説いただきました。6月号(2020年6月1日発行予定)掲載の内容を先行公開します。ぜひお役立てください。

 

Q.テレワークを緊急で導入しようと考えています。導入する際に、気をつけることはありますか。
 
A.

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はじめに
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 戦後の日本史上、類をみない難局に突入しました。本誌が世に出るころには事態が少しでも好転していることを祈りつつ、本稿の筆を執ります(2020年4月20日現在の情報を基に執筆しています)。
 東京都ほか6県に緊急事態宣言が発令され、不要不急の外出自粛が強く求められることとなり、さらにその後、宣言の対象地域が日本全国にまで拡大されました。不要不急に「仕事」は含まれないとの解釈もありますが、国民一人ひとりが感染拡大防止に努めるという「意識」をもたないかぎり、新型コロナウイルスとの闘いを終わらせることはできません。そのためには、企業にも「意識改革」が必要です。テレワークやオフピーク通勤の導入はもちろんのこと、これらをむしろ「原則型」とする、本当の意味での「働き方改革」が強く求められているのではないかと思います。
 
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テレワークとは何か
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 テレワークとは「情報通信技術(ICT=Informationand Communication Technology)を活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」と定義されています(日本テレワーク協会)。テレワークは働く場所によって、自宅利用型テレワーク(在宅勤務)、モバイルワーク、施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務等)の3つに分けられます。
 

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 上記のうち、モバイルワークについては、携帯電話やインターネット通信網の普及によりすでに多くのビジネスパーソンが利用しているものと思います。また、本来の職場が遠方にある場合、必ずしも当該職場に出勤せずとも、最寄りの支店その他会社が就業場所と認めた事務所等での就業を可能とするサテライトオフィス勤務は、子育てや介護等との両立をめざし、柔軟な働き方を望む世代とそれを支えるIT技術の発展に伴い、今後需要が増し、利用頻度が増えていくかもしれません。
 しかし、今回はそもそも「外出自粛」が強く要請されていますので、サテライトオフィスへの出勤もままならないでしょう。また、「人」との接触を避けるための措置であるにもかかわらず、そのサテライトオフィスで人と接触してしまっては元も子もありません。そこで、新型コロナウイルス感染防止の観点から導入すべきテレワークは、在宅勤務一択といえます。
 

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在宅勤務に関する使用者の責任
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 在宅勤務は、文字どおり自宅で仕事をすることを意味します。これまで明確な線引きもなくグレーゾーンのなかで行われてきた、いわゆる持ち帰り残業や休日にプレゼン資料に目を通す等といった、本来の業務の延長線上にあるものではなく、自宅での就業そのものが「労働力の提供」となります。すなわち、在宅勤務者にも、通常のオフィス勤務者と同様に労働基準法ほか、最低賃金法、労働安全衛生法、雇用保険法、労働者災害補償保険法等の労働関係法令が当然に適用されることになります(平20.7.28基発0728001号「情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」)。
 また、物理的な管理が及んでいるわけではありませんのでオフィス勤務者と同等とまではいえませんが、事情次第では安全配慮義務違反を問われる可能性もあり得ます。たとえば、在宅勤務であっても労働時間が長時間に及び、心身の健康を害し、そのことを上司が認識しつつ何らの負荷軽減措置も講じなかった場合には、使用者が安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことになる可能性があります。
 さらに、業務起因性(業務が原因となって災害が発生したこと)と、業務遂行性(災害発生時に事業主の支配・管理下にあったこと)が認められれば、自宅内の事故等であっても、業務上災害であると認定される可能性があります。いずれにしろ、在宅勤務だからと高をくくらず、法的な位置づけとしては、使用者が負うべき責任は、原則として通常のオフィス勤務者の場合と何ら変わらないと考えておくべきです。
 

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労働時間の取扱い
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在宅勤務者の労働時間をどう扱うかということは悩ましい問題の1つです。オフィス勤務者の場合と異なり、自宅がそのまま就業場所となるため、仮に1日の所定労働時間を定めていたとしても、きちんとそのとおりに仕事をしているかを確認する術はありません。よほど広い家に住んでいる者であれば、「仕事をする部屋」を設け、その部屋への入退室の時刻を管理することで、通常のオフィス勤務者のように出退勤時刻を把握することができそうですが、そのような例はごく少数でしょう。むしろ、家族のいるリビングで仕事をしなければならない、隣に子どもがいる、といった状況で仕事をせざるを得ないという例が大半なのではないでしょうか。
 そうすると、就業時間内に私的行為が断片的に介在し得ることも想像に難くなく、どこからどこまでを労働時間として扱うかということが問題になります。この点、労働者の同意を得てカメラを設置し、常時モニタリングするということもできないことはないのですが、労働者の私生活が映り込むことになりますし、常時モニタリングという方法そのものが、そもそも現実的ではありません。そこで、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」とする事業場外みなし労働時間制(労基法38条の2第1項)を適用するのが最も合理的と考えられます。
 なお、「みなす」とは「真実はそうでなくともこのように扱う」ということなので、実際は多少の中抜けがあったり早めに仕事を終えていたとしても、また逆に多少所定労働時間をオーバーして仕事をしていたとしても、いずれの場合も「所定労働時間」仕事をしたものとして扱うということを意味します。割増賃金の支払いは必要ありませんが、仕事を早めに終えていたとしても所定労働時間労働したものとして賃金を支払う必要があります。
 以前「在宅勤務にするとサボることが目に見えているのでどうしたらよいか」という相談をいただいたことがあるのですが、在宅勤務制度は性善説で成り立っていますので、どうしても労働者を信用できないのであれば在宅勤務を命ずるべきではありません。
 

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深夜・休日労働の取扱い
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 みなし労働時間制が適用される場合であっても、深夜労働と休日労働については別途割増賃金を支払う必要があります。しかし、深夜・休日労働を労働者の判断で野放図に行われては困りますので、深夜・休日労働を行う必要がある場合には、事前申告ないし事後遅滞なく報告することを義務づけるルールを徹底すべきでしょう。
 そのうえで、在宅勤務者がルールを守らずに事前申告および事後報告もなく、深夜労働ないし休日労働を行った場合には、図3の要件を満たす限りにおいて、使用者のいかなる関与もなしに行われたものであると評価できるため、労基法上の労働時間に該当しないものとして扱うことができるものとされています(前掲平20.7.28基発0728001号)。

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電気代・通信費用はどちらが負担すべきか
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 電気代や通信費用については、会社負担とすることも、在宅勤務者負担とすることもいずれも可能です。ただ、会社負担とするとしても、電気代、および通信費用について、仕事に使った分とそうでない分とで分けることは困難でしょうから、一定額を「在宅勤務手当」として支給する(ただし課税給与となります)といった方法が現実的ではないかと思います。
 あるいは、パソコンや携帯電話については会社からの貸与品を使用してもらい、さらに、通信手段については設置するだけで直ちにインターネット接続が可能となるホームルーター等を用いれば、在宅勤務者が負担すべきものはわずかな電気代だけとなります。それでも、本人のみならず家族が使用するスペースの一部を業務に使用するわけですから、電気代プラスアルファ相当額として「在宅勤務手当」を支給する、というのも一つのやり方かと思います。
 

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私物のパソコンを使わせてよいか
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 私物のパソコンを業務に使わせることは法的に不可能ではありませんが、公私の区別がつかなくなるおそれがあります。また、セキュリティ対策や情報管理の観点からも決して望ましいこととはいえません。削減できるコストよりも発生するリスクのほうが大きいため、パソコンについては費用を惜しまず、会社の貸与品を使わせるほうがよいでしょう。
 

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就業規則の整備はいつまでにすべきか
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 在宅勤務制度を導入するのであれば、あらかじめ就業規則や関連諸規程にその旨の規定を設け、労働時間の取扱いや勤怠報告のルール、費用負担の問題等を定めておく必要があります。また、みなし労働時間を所定労働時間以外に設定する場合には、労使協定が必要になります。さらに、これらを労基署へ遅滞なく届け出なければなりません(みなし時間が8時間以下の場合、協定の届け出は不要)。
 ただ、今回の事態は緊急を要するものなので、どうしても就業規則の変更等の手続きが間に合わない場合には、当事者によく事情を説明し了解を得たうえで、先行して在宅勤務を命ずることもやむを得ないものと考えます。
 

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おわりに
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 事業場外みなし労働時間制は、元来、社外に出ていて連絡がつかず、始業・終業時刻も把握できないような場合を想定して設けられたものと考えられてきました。しかし、携帯電話の普及やインターネット通信網の拡大、品質向上等により、よほど山奥に行くか、電波の届かない地下空間等でもないかぎり、適時に連絡を取ることができるようになったため、「社外」ということを理由にした同制度の適用場面は縮小してしまいました。ところが、IT技術の発展は同時に自宅を職場にするという新たな就業形態を可能とし、今日では、事業場外みなし労働時間制はむしろ在宅勤務にこそふさわしい制度と考えられています。
 今回の新型コロナウイルスの問題は、その在宅勤務の導入を余儀なくされたことにより、有用性や問題点の有無を検証するよい機会になったのではないでしょうか。「会社に行かなくても仕事はできる!」もちろんすべての業種や職種にあてはまるものではありませんが、できるところから少しずつでも改革していくことにこそ、意味があると思います。本当の意味での「働き方改革」はまさにこれからなのではないでしょうか。
 
神内法律事務所 弁護士 神内伸浩(かみうち のぶひろ)
 
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(公開日:2020年5月22日)



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