人事の地図

インタビュー

「雑誌 × web」クロスインタビュー

Interview 6

〜株式会社HCプロデュース シニアビジネスプロデューサー 吉田 寿〜
〜株式会社プロテリアル 常務執行役員兼 CHRO 人事総本部長 中島 豊〜

Episode6

それぞれの道で目指す、幸福への道程

編集部

さきほど「幸福論」に取り組まれているというお話がありましたが、今後のキャリアの展望についてうかがっていきます。吉田さんはいかがでしょうか。

吉田氏

先ほども話題に出ましたが、やはり働く人の幸福を考えていくことですね。直近に新型コロナウイルスの感染拡大があったことが大きく関係しています。

コロナの影響で、僕たちは3年間、不自由な想いをしながら仕事をやってきました。そのような中、出社をしなくても仕事ができる環境ができて、それまでワークライフバランスと言っていたのが、ワークもライフもバランスをさせないとやっていけない世界が突然きてしまった。

昔は会社生活という大きな円の中に、私生活という円が包含されていましたが、それが段々と重なるようになってきて、今では逆に私生活という大きな円の中に会社生活が入った状態になっています。ワークライフバランスではなく、「ワークアズライフ」ですとか「ワークインライフ」というべき方向にシフトしていると感じています。

編集部

たしかに企業を取材していても、働く場所や時間といった、そもそもの「働く」ということの概念が根底から変化していて、仰る通りライフの中にワークがあるという方向への流れは感じますね。

吉田氏

はい。そうなってくると、自分たちの生活の中で「仕事」をいかにとらえるかが重要です。僕はそういった世界で仕事をうまくとらえていくためには、「生活も仕事も楽しく」といった感覚が必要だと考えています。

これまでは仕事は「つらいもの」といった感覚があり、僕も先輩から「仕事はそんなもんだ」なんて言われて、長時間残業に耐えていましたが、今はある一定の範囲を超えない限り、多少わがままな働き方をしてもいいのではないかと思うのです。

もちろん自分勝手に仕事をするのはよくありません。でもそういうちょっとしたバランスを考えながら、だけど軸足は自分というところで、仕事と私生活の距離感を保ちながら歩いていく世界に向かっています。

だからこそ、働く人たちは何らかの幸せの実感を持っておく必要があるわけで、僕は幸福論や幸福学を取り入れながら、あるべき働き方や仕事をどうとらえるか、といったことを突き詰めていきたいと思っています。

そう考える中で、人的資本経営が出てきて、また人への回帰的な動きがきています。
これと幸福論をマッチングさせて、また新たな自分のコンサルの地平線を探っていこうと考えているところです。

それから、日本的経営はダメだという人は多いのですが、僕はまだまだいけると思っているんです。日本的と冠をつけるのがよくないのかもしれませんが、僕も中島さんも、「日本的経営華やかなりし時代」を経験してきた中で輝いていた時代の経験がありました。

だから「まだもうちょっと頑張れば、あるいはこのエッセンスをベースにしていけるんじゃないか」という一縷の望みをもっています。その実証を残りの自分のキャリアでやっていきたいんですよね。
ちなみに、僕は「生涯現役」でなく「終身現役」と言っているんですけれど、どこまで働くかを自分の体で実験しながらやっています(笑)

中島氏

確かによく終身現役って言ってますね(笑)

吉田氏

もうこの先にキャリアモデルはないですから。最近、歳を取ってみて思うことは、人間って実際に歳を取ってみないと実際のところはわからないということです。例えば50歳になるってだいたいこういうものだろうと思っていたら、いざその年齢になってみると全然違うわけですよ。

だからこそ自分の体を実験台にしながら、どのぐらいのところまでやれるかっていうのをテーマに取り組んでいこうかと考えています。

中島氏

吉田さんはすごく体のメンテナンスをしているから、この元気と好奇心と終身現役が成り立つのだと思います。そういうところを尊敬しています。

私は50歳くらいになったときに、「これはいかんな」と、ハッと気づいて、負けないようにトレーニングしています。

吉田氏

中島さんには、「1日1万歩歩いている」とか、「週末は10キロ走っている」とか、つい言っちゃうんですよ。ちょっとは刺激になっているのかな(笑)

中島氏

もちろんです。それが刺激になっていて、目標をいくつか立てているんですよ。これまで筋力トレーニングを継続していたら腰痛がなくなったので、次は走ろうと思い、今年の目標は10キロランを走りとおすこと、来年はハーフマラソンを走ることを目標にしています。こういうふうにしていかないと終身現役って難しいですよね。

吉田氏

その通りですね。やはり心身の健康がまずベースとしてあって、その上に帰属する組織などへの愛着といったものが乗っかって、最後に処遇、いわゆるお金や名声といったものが乗りますから、ベースの健康が崩れてしまったら、その上に乗るものは成り立たないわけです。

……と、まあ、偉そうなことを言っていますが、僕もやはり加齢に伴っていろいろなものが落ちていることを感じていますよ。「疲れが抜けづらくなったな」だとか、「朝起きるのがつらくなったな」と思うわけです。でも、そこで弱みを見せてしまったらだめなので「いやいや全然まだできる、頑張れる」とテンションを上げていますね。

中島氏

この姿勢が学びになります。これってやっぱりロールモデルになると思うんですよね。こういうコンサルタントがいれば、みんなも見習って参考にするんじゃないかな(笑)。

吉田氏

そういう意味で言うと、あと10年ぐらい頑張るかな(笑)。僕はもう年金の受給対象となる年齢に到達しているのだけど、働き続けることを考えて、受給開始を繰り下げて75歳にしようかなと。

編集部

いやあ、吉田さんは、10年後もバリバリ働いていそうです(笑)。

吉田氏

それまで働けますかね?(笑)。そうそう、余談になりますが、年金と言えば、先日、年金事務所に年金の相談にいったんですよ。実際に手続きをするうちに、いままで知らなかった年金の仕組みの部分がわかってきました。例えば年金の繰り下げ受給に関することとか、通知のこととかね。そういった「仕組み」の部分を調べてみるのもいいかなと思いましたね。

中島氏

「仕組み」も面白いですよね。

吉田氏

それから、富士通時代の企業年金が履歴として残っていて、ちゃんとカウントされていたことに驚きを感じました。もちろん疑っていたわけではないんですけれど(笑)、自分が積み重ねてきたキャリアが、そういう部分でも形として残っているんだと、再発見がありました。「消えた年金」などと一時期言われましたが、ちゃんと残っていましたよ、国も企業も裏切っていなかった(笑)。

ですが、やっぱり僕はコンサルタントなので経験主義なんです。そういう意味でいえば年金の話も、経験して、実感してわかったことが多かったです。コンサルタントは、当然嘘は言えないし、空想も言ってはいけない。やはり足元のことをきちんと言えること、これが僕の職業倫理というか、コンサルタントの責任・責務と考えています。

編集部

中島さんはいかがでしょうか。今後のご自身のキャリアについどのように考えていらっしゃいますか?

中島氏

私も今後の自身のキャリアにおいては「幸福」がキーワードになると考えています。先日、JIL-PT前理事長の諏訪康雄先生が研究会でおっしゃっていたのですが、ある調査によると幸福度と仕事の関係性は、職務の専門性を確立している人ほど、幸福度が高いという結果があるそうです。

そういう意味からいえば、私がこの先に取り組みたいと考えていることは、最終的に幸福を追求することにつながります。私には「人事の専門性」を確立させたいという想いがあります。

人事というのは必要な知識とスキルがある専門職だということを確立させたい。人材マネジメント協会での活動や、人事の地図でHRM・ナレッジ大系を連載していることも、根底にはその想いがあります。取り分け、世界と比べて日本は職種の専門性の立て方が弱いので、まずは専門性の高い人事を作り、そしてさらに対象を広げ、人事以外の職種の専門性も確立していきたいと考えています。

編集部

たしかに、日本型雇用のなかでは、職務を明確にしている海外と比べ、職種に関する専門性の定義は曖昧なものですね。

中島氏

はい。でも働くうえで専門性をもつことは、大事なことだと思います。自分自身を振り返ると、若いころに何か闇雲に仕事していたころは、あまり幸せじゃなかった。だからこそ転職し、専門性を確立し、その結果、幸福感を得ることができました。専門性の確立と幸福がつながっていることを、身をもって感じています。

そういった意味でも、これからは専門性の確立に力を入れていきたいですね。そしてその先にあるのは、グローバルで通用する人材を作ることです。まだ、日本の人材って弱いんですよ。

例えば、グローバル企業でサクセッションプラン、いわゆる後継者計画を作ると、後任になる人材は日本人の数がぐっと減ってしまう。グローバルでやっていける人事の人材が少ないのが現状です。

日本がグローバルな人材をもっと多く輩出できるようにするためには、もっと投資をしていかなくてはならないし、制度も職務主義に偏っていく必要もありますし、人材の流動性も高まっていかなくてはならない。

そういう意味で、私は岸田首相が打ち出した「新しい資本主義」の三位一体労働市場改革に賛成なんです。同じ広島の出身だっていうことを除いても応援しようと思ってます(笑)

吉田氏

たしかに三位一体労働市場改革は、真っ当なことを言っていると思いますね。これまでは人材への投資を「投資」でなくコストと捉えていたから、教育研修なんかは景気が悪くなると真っ先に削られてしまう状況がありました。

中島氏

今までの悪循環をここで断ち切りたいという想いを感じて、私は好きですね。もう一度、ここで人に投資をしていこうという部分と、企業への分配や配当を重視しすぎていた部分に対して見直しを進めてくれるのは、嬉しいなと思っています。

また、ここからもう一回、新しい資本主義に入っていくという段階で、人材の専門性の確立、そしてグローバルで通用する人事を作っていくことに注力していこうと考えています。

吉田氏

なるほど。新しい資本主義の幕開けとともに、僕らの新たなキャリアが進んで行くのか。なんだか、うまくまとまってきましたね。こんな感じで今回の対談の幕引きとするのはいかがでしょう(笑)

編集部

オープニングは中島さんが名言で始めてくれましたが、エンディングは吉田さんが、きれいに締めてくれましたね(笑)。
本日はお忙しいなか、ありがとうございました。

(2023年9月収録)

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