インタビュー
「雑誌 × web」クロスインタビュー
Interview 5
〜淑徳大学 経営学部教授 斎藤智文〜
- Episode 1 日本の人事の歴史と一緒に
- Episode 2 何百人、何千人も話を聞いた結果は、「従業員中心の会社こそがいい会社」
- Episode 3 信頼関係の無い会社は、働きがいのある会社にはならない
Episode3
信頼関係の無い会社は、働きがいのある会社にはならない
斎藤氏
今、米国のGPTWのランキング調査は、参加会社が4000社を超えてると言われています。ベスト100というと4000社のうちの100社って話になりますよね? そりゃ、よっぽどすごい会社じゃないと選ばれない。でも選ばれなかったとしても、目指すこと自体に価値があると、きっと腹落ちしているんじゃないかと思うんです。
そういう目標というか、志みたいなものに対して、最近の日本はそもそもなぜ働くのかとか、会社が大きくなるってそもそもどういうことなのかが定義づけられてない気がするんです。「お金を儲ければいい」って、やっぱりお金から入るんですね。
「生産性が上がれば」とか、「利益が出れば賃上げできる」などと言うじゃないですか。それは逆なんじゃないか、順番が違うんじゃないかな。一番大事なのはやっぱり信頼関係です。生産性の前に、まず人間性です。
GPTWを日本語に訳す時に「働きがい」とか「やりがい」って言葉を使ったのですが、実際には働きやすさとかやりがいという話じゃないんですね。「従業員は経営者を本当に信頼できているか」ってことが大事で、まずは信頼ができる環境を作ることが大事だと思います。
編集部
あれ? GPTWを「働きがい」って訳したのも斎藤さんなんですか?
斎藤氏
そうです。最初は「働きやすい会社・働きがいのある会社」と訳しました。しかし、長すぎるので、「働きがいのある会社」っていう表現にすると決めて、内部で了承を得て、最初に記事として出したのが、さっき話に出た2005年7月の労政時報の記事です。
編集部
今回寄稿いただく際に、「日本では働きがいの意味が何か違ってきているかも」って、おっしゃってましたよね。そこをちょっと詳しく聞かせてもらえますか?
斎藤氏
GPTWモデルには大きな柱が3つあるんですけど、その1つが日本語にすると、「働く従業員が、会社全体、会社そのものを信頼できるか」です。
この「会社」を会社とだけとらえず、人も含むものだと考えると、それは経営者とか管理職層ということだから、いわゆるマネジメントに対して信頼関係があることが第一です。そして、自分の仕事あるいは会社の他の人がやっている仕事も含めて誇りを持てること、仲間と楽しく連帯感を持って仕事できること、ということです。
モスコウイッツもニューヨーク・タイムズに、「働きがいのある会社とは、経営者が従業員を信頼して従業員が経営者を信頼している会社」と書いています。
つまり、信頼関係の無い会社は働きがいのある会社にはなりません。
だから、仕事のやりがいとか、働きやすさはとても大事だけど、それが先にくると勘違いしているとどうにもならない。それこそやりがいがあって働きやすいという職場があったとして、経営者が信頼できなければ、働きがいは生まれません。
会社の成長という面から見ても、「信頼関係の高い会社は変化のスピードが速いというか、対応が早い」という考察がありますが、実際、社員の側から見て、信頼している社長が話すことって、すぐ腹落ちするんですよね。
信頼できない社長だと、「またすぐ違うことを言うかもしれないからしばらく動かないでおこう」とか、「ころころ話が変わるからとりあえず様子を見よう」という対応になってしまいます。だからこそ信頼関係って生産性にすごく影響を与えるんだと思います。
編集部
なるほど。信頼関係がないと組織っていうのはやっぱり遅いし、品質も悪くなるし、生産性も下がってしまう。だからやっぱり信頼関係なしではいけない。
斎藤氏
そう。そういうところにちゃんとアプローチしていかないといけないんです。
ただ給料上げるだとか、福利厚生を良くしても、それだけでは絶対にいい会社にならない。ないよりはいいかもしれないけど、その程度のものであって、もっと本質的に大事なものっていうのは信頼関係だと思うんです。
編集部
それって今風に言うと「心理的安全性」ということなんでしょうか。お話を聞いているとそれはまたちょっと違う気がするんですけれども。
斎藤氏
いま話題になっている心理的安全性は「その中の一つ」ですね。GPTWに絡んでいろんな調査を見て、研究したけど、日本って「物理的に安全で衛生的な職場で働いている」というステートメントに対する評価はすごく高いんです。いまどきオフィスが汚い会社、危ない会社なんてほとんど見ないでしょう?
逆に言うと「オフィスが汚い会社って信頼できるか?」ってことなんですけれど、諸外国と比べてもそこは高いんです。だけど「心理的に安心して仕事ができる」かというと、ものすごく低い。
これは、心理的安全性の文脈で考える時はあまりない視点かもしれないけど、いつ制度が変わるかわからない……例えば役職定年制が入ってきたとか、早期退職制度の募集が始まったとか。早期退職制度始めますとか言われちゃうと、「会社潰れるの?」と思っちゃいますよね。こういうのってすごく心配だし、信頼関係がなくなっちゃう。当然、心理的安全性も下がって、落ち着いて仕事できないから、「いい仕事なんかできるわけない」って思ってしまいます。
編集部
なるほど、そういわれると順序的にも完全に上位概念ですね。心理的安全性が高い=信頼関係があるというのはやっぱり違うわけですか。おっしゃる通り、「含まれるけど、その中の一つ」。
斎藤氏
そうです。不安、不安で仕事していて、いい仕事なんてできるわけがないですよね。だから「働きがい」の上では、まずそういうことを考えていかないと駄目だと思います。今の日本の段階だとやっぱり「上司に言えない」とか、「意見を聞いてもらえない」みたいな話をしているから、その一部である心理的安全性が話題になっているんでしょう。
編集部
では信頼関係のある会社って例えばどんな特徴があるんでしょう?
斎藤氏
例えば海外のいい会社って、経営トップがとても気さくなんです。
デンマークに「働きがいのある会社」として有名な、何千人って規模の「イヤマ」(高級なスーパーマーケットチェーン)という会社があるんですけど、普通、本社に訪ねて行ったら誰か案内の人が出てくるじゃないですか? 私が訪問した時は、ちょっと年配の方が出てきて、「あれ?」と思ったら、CEO本人で、玄関まで迎えに来てくれたのです。全然偉そうにしていません。「従業員は、私のことをファーストネームで呼んでくれます」と喜んでいたので、誰もが話しかけやすいCEOなのだろうと思いました。
逆に一昔前の日本だと役員は乗るエレベーターからして違ったりして、社長の顔なんて滅多に見ることがありませんでした。ある電機の大企業では、職場の仲間に「今日の朝、エレベーターホールで社長を見たぞ」なんて自慢するぐらいでしたから(笑)。
編集部
確かに昭和の日本の会社ってそういうイメージかもしれません。そういえば、GPTWやレベリングはどんな感じだったんですか?
斎藤氏
GPTWでは、レベリングじゃなくてロバートって呼んでましたね。うん、みんなお互いにファーストネームで呼び合っていました。それが普通で、ぱっと見、誰が偉い人なのかよくわからないぐらいでしたね。
それから、レベリングは、オフィスではフルタイムで仕事をしてなかったから、自分の部屋も椅子もなかったんです。いつも空いている席に座っていました。威厳とかあんまりない感じで、そういうのはむしろいらないと思ってたんじゃないかな。
編集部
アメリカのドラマなんかを見ての勝手な思い込みなんですが、やっぱり偉く見せなきゃいけない! みたいな感じで、個人のブースとかしっかり作ってるじゃないですか。エグゼクティブなんだから、こういう豪華な部屋になってます、みたいな。でも、そういう自分の部屋というか、ブース自体も全然なかったってことですよね?
斎藤氏
そう、全くなかった。本当に上下関係のない組織っていいなと思いました。あれはわざとそうしていたのだと思います。
だいたい、人ってみんな同じペースで生きてるんじゃないから、同じペースで仕事しなくてもいいわけですよね。やるときはやるし、休むときは休む。
そもそも、自宅より働くのに快適だからオフィスに出勤するんですよ(笑)。きちんと信頼関係があって、その結果、グーグルのように働きがいがあって、最適な働き方が実現できているなら、食べながら仕事しても、途中で寝ていてもパフォーマンスは出せるんです(笑)
グーグルのオフィス写真を見たことがありますが、気兼ねなく使える仮眠スペースがたくさんありました。
編集部
組織の秩序とかルールという観点では引っ掛かりそうですけど(笑)。でもそう言われると、今までの常識的な働き方って、過剰に「働き方の管理」をしていたとも取れますものね。
リモートワークも浸透してきましたから、全部総括して考える時期に来ているのかもしれません。
斎藤氏
レベリングは『働きがいのある会社とは何か-「働きがい理論」の発見』の中で、悪い職場の例として4種類を挙げています。一番ひどいのは「搾取的職場」で、経営者と従業員が「主人と奴隷」のような関係の職場、次が「機械的職場」で「機械と部品」のような関係、次が「起業家的職場」で「リーダーとフォロワー」のような関係、さらに一見いい職場にも見えるけど良くない例として「父権主義的職場」を挙げています。「親と子」のような関係の職場です。「最高の職場」(働きがいのある会社)は、経営者と従業員の関係が「お互いがパートナー」になっている職場だと言っています。日本で「いい会社」と言われている会社でも、パートナーになっているレベルは少なく、多くは「父権主義的」な会社が多いのではないでしょうか。
「パートナー」は対等の関係です。「対等」という意味を考えてみると、経営層と従業員では年齢もキャリアも実力も異なるのが普通ですから、すべてにおいて経営者と従業員が対等の関係になるわけではありません。何が対等かと言うと「人間と人間として対等」という意味だと思います。私たちはどういうことが「人間と人間として対等」ということなのかを、真剣に考えていかなければならないでしょう。
今年初めに公開された『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』という映画があります。ニューヨーク・タイムズの二人の若い女性ジャーナリストが活躍する実話をベースとしたものですが、この映画に出てくる上司と部下の関係が、まさにレベリングが言う「人と人として対等な関係」だと思いました。是非多くの方々にこの映画を見て、「信頼」とは何か、「対等」とはどういうことなのかを深く考えてほしいと思います。
編集部
本日はありがとうございました。