人事の地図

インタビュー

「雑誌 × web」クロスインタビュー

Episode3

労働が職場だけの話になっている

編集部

『人事の地図』12月号の時事探訪では、「人事部と「クミジョ」の不都合な真実」というテーマでご執筆いただきました。先生が研究、そして取材をしていくなかで、さまざまな労働問題を目の当たりにされると思いますが、なぜここに登場する「クミジョ」に焦点をあてられたのでしょうか。

本田氏

20代のころから労働組合の人たちと付き合いがあって、クミジョとはそのころから会って話をしていますが、ほとんどの人が不満だらけなんですよね。

編集部

不満だらけってすごいですね

本田氏

そうなんです。30年前から不満だらけ。実際はもっとずっと前からだと思います。そこに問題を感じたのでクミジョに焦点をあてていくわけですが、クミジョの話をする前に、その前提となる話をしますね。
『主婦パート』を書いたときに、労働組合の男性幹部からブーイングを受けることがありました。『主婦パート』の冒頭では、ある一人の主婦パートが自分の子どもを虐待する描写から始まるのですが、それがブーイングの原因です。組合の男性幹部の皆さんは、先生は学者なんだから、労働市場の話をしてくださいっていうんですね。私から見たらそういった問題を抱える主婦パートが多くいることが労働問題です。統計的に見れば、虐待は今この時間だって日本のどこかで起きているはずです。私は「人」から労働問題を考えることを大切にしてきたわけですが、それが否定された。そのときに「ちょっと違うぞ」と思いました。

編集部

違うというのは、具体的にどんな部分でしょうか?

本田氏

それは「労働」が「職場」だけの話になってしまっているということです。労働者は職場から家に帰るわけですから、労働組合が家の中で起きていることに対して無頓着でいいとは、私は思っていません。
話はまた少し変わりますが、12月号の書評欄で紹介した『オッサンの壁』の中で、執筆者の佐藤千矢子氏は「財務次官のセクハラ」※6のことを書かれています。私はそのセクハラ報道があった日に、ちょうど労働組合の男性役員3人と飲んでいたのですが、男性役員の1人が「もう何も言えないね」って言ったんです。これってセクハラの被害者が悪いみたいな言い方ですよね。
次いで2人目が「息苦しい」と言いました。これもまた被害者をないがしろにしている発言です。
それで最後の人が「ダメだ、ダメだよ、もうあの担当は男性に変えなきゃ」と。これ、女性の雇用機会を奪うことを意味しています。労働組合の男性役員たちがそんなことを言うことに、大きなショックを受けました。
それで思ったんです。やっぱり『主婦パート』のときとなんら変わっていないと。『主婦パート』は2010年で、財務次官のセクハラは2018年ですが、変わっていない。そのうえ、組織内にこういったクミダン※7がたくさんいるのなら、クミジョは相当に苦労しているなと考えました。そこで、いつもの通りの悪いクセが出て問題を掘り下げてみようというのがクミジョ研究を始めたきっかけです。

※6財務次官のセクハラ事件:当時の財務次官が、テレビ朝日の女性記者に対して取材時にセクハラ行為を行った事件。被害を受けた女性記者は上司にセクハラの事実を報道することを訴えるも、許可がおりず、『週刊新潮』に持ち込み全貌が明らかになる。財務次官がセクハラ自体を否定したことから、その後、テレビ朝日は社としてセクハラ被害の抗議文を財務省に提出した

※7クミダン:労働組合の男性役員等のこと。

クミジョにとって深刻な「壁」と「崖」

編集部

労働者を守る立場の労働組合の幹部からそういった発言があることは驚きです。クミジョの方々の不満の温床は組合の中にあったんですね。それでは、今回のテーマのもう一方である「人事部」についてお話をうかがいます。『人事の地図』の読者の多くは、企業の人事部の方々です。今回の記事を通じて、先生が人事の方々に伝えたかったことはなんでしょうか。

本田氏

昨今の状況を考えると、人事部に配属されている方々でも、そもそも労働組合自体をよく知らない方が多いのではないかと思いました。そこで、日本で主流の企業別組合を説き起こしてから、その中で労働者の味方であるはずの労働組合の内部では、クミジョの問題が大きくなってきていることを取り上げました。

さまざまな取り組みにおいて、労働組合より会社のほうが進んでいる状態と言われています。遅れている労働組合の象徴の一つとしてクミジョの問題を取り上げることで、現場のことを熟知して、能力が高いのに店頭に並ばず在庫のような状態になっているクミジョのことを読者の方々に知ってほしかった。会社は労働組合のことに関知したくないとう向きもあるでしょうが、クミジョの問題は労働組合だけで完結させるだけではなく、組合にとっても会社にとっても損だし、もっと言えば日本の損だということを伝えたかった。

編集部

企業よりも労働組合のほうが遅れているとのことですが、女性活躍を考えるとたしかに労働組合という組織の中でクミジョはまだマイノリティです。クミジョが増えない背景にはどんな理由があるのでしょうか。

本田氏

こういう問題は、「女性の努力が足りない」とか、「まだまだやね」というようなことを言われることが多いのですが、実はそうではないんですね。クミジョの側から見ると、クミジョになるためのハードルが高く、さまざまな障壁がある。私はこれを「クミジョの壁」と呼んでいます。日本はジェンダーギャップ指数が最劣悪国ですから、家庭責任みたいな性別役割意識はクミジョだからといって変わるわけでもなく、そういったことでクミジョになりにくい、やる気があってもやりきれない、という問題があります。

それから、クミダンによるクミジョ潰し、排除のような問題もあります。いわゆる「女のくせに」っていうのが象徴しているような状態のことですね。しばらく頑張ってやっていると「女にしては」というようなことになって、さらに頑張って続けていると最後には「女にしておくのはもったいない」と。これ、すべてとんでもない差別なんですが、クミジョをインタビューしていると、そういう扱いを受けているというのはよく聞きます。だからクミジョになったとしても、クミジョを続ける意欲が100から0とかマイナス200ぐらいまで落ちてします。私はこれを「クミジョの崖」と呼んでいます。

編集部

記事のなかで、「男性中心主義の強い労組」とありましたが、クミジョの皆さんにとってかなり厳しい状況ですね。このような中で、クミジョの方々がクミジョを続けていけるような環境は整っていくのでしょうか。

本田氏

そうですね。連合では時期を定めて計画し、それぞれの時期に具体的な目標を立てて、クミジョを増やそうとか、発言力を高めようなどと取り組んでいます。見た目は爆発的に増えているわけではないですが、さまざまな努力なり工夫なりを必死でやっていますから、着実に、成果が出ています。居心地がいいとまではいかないですが、やはりそれなりの立場と実力を発揮できるような土壌ができつつありますね。

Episode 4 へつづく