インタビュー
「雑誌 × web」クロスインタビュー
Interview 4
〜武庫川女子大学 経営学部教授 本田一成〜
- Episode 1 私はスーパーマン
- Episode 2 「私の捉える労働問題の根幹には「人」があります」
- Episode 3 30年前からクミジョは不満だらけ。そこに問題を感じたのでクミジョに焦点をあてました
- Episode 4 女性組合員全部いなくなればリアル組織率は1%になってしまいます
- Episode 5 クミジョが悪いわけではない。とことんクミダンが悪い
- Episode 6 クミジョになりたいという人がたくさん出てきました
Episode2
「切り開いたブルーオーシャンは、求められた研究だった」
編集部
チェーンストアの研究をされるなかで、動態的な変化と、そこで働く人たちの働き方の変化についてお聞きしましたが、この30年間で最も印象に残っていることはなんでしょうか。
本田氏
最も印象に残っていること。う~ん、そうですね。私事になってしまいますが、先ほども言った通り、この研究を始めた当初、ほとんど誰もこの産業の労働問題をテーマに研究していませんでした。まさにブルーオーシャンだったのですが、それゆえに研究室の先輩やいろんな人に、「そんなことして大丈夫か」「もっと他のいいテーマやんなきゃダメだよ」みたいに心配される状況だったわけです。
というのも、労働分野の研究は、製造業や公務員労働などが主流で、重厚長大ではない産業を扱うのは不利になるよ、みたいな感じだったんです。
そんなお説教を受けながらも、自分がやりたいのだから、信念をもって続けていました。本当に1人でやっていたのですが、そんな中で最初に書いた『チェーンストアの人材開発 日本と西欧』※4という学術書が、マーケティングの先生方を差しおいて、日本商業学会の優秀賞を取ったんです。そのときはたまげました(笑)。
仲間から心配もされて説教までされる、そういう状態だったのに、「これはいける」って手ごたえを感じましたね。さらに同時期に、日本リテイリングセンターの渥美先生※5から、私の論文に対してペガサス最優秀賞を出していただきました。渥美先生とは面識もなかったので、こちらもやっぱりたまげました(笑)。
誰にも見向きもされないと思いながら研究をしていましたが、立て続けに賞を取ったことで、やっぱり意義のあることなのかもしれない、と再確認できたことが印象に残っています。
※4『チェーンストアの人材開発 日本と西欧』:千倉書房から2002年10月に発刊。日本、イギリス、フランス、アイルランドのチェーンストアにおける人材開発を比較し、その差異から人材開発の方式を解明した学術書
※5渥美俊一:チェーンストア業界のカリスマコンサルタント。1962年にチェーンストア経営研究団体ペガサスクラブを設立、主宰。ペガサスクラブ設立当初のメンバーには、ダイエーの中内㓛氏、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏などが在籍。
編集部
切り開いたブルーオーシャンは、世間から求められていた研究だったんですね。
本田氏
まあ、研究の現場で印象に残った話じゃなく、自分自身がたまげた話なんですけどね(笑)。ただ、その頃からこの研究テーマでいけると確信して、他のことはせずに信じてやっています。ただ、万馬券みたいなものなんですよね。これ一つしか張ってないから当たったときはすごいデカイっていう。賞をいただいたときはキョトンとしちゃいましたけど、それと同時にちょっと責任感みたいな、そんなものも出てきました。
「複眼思考で二つの視点から労働問題をとらえることが大切」
編集部
話は変わりますが、先生は「本田一成」という本名とは別に、「渋谷龍一」というお名前で労働ジャーナリストとしてもご活躍されています。ご自身の中で、何かお名前を使い分ける基準みたいなものはあるのでしょうか。
本田氏
使い分けている理由は特にはないのですが、ただ、「複眼」思考を大切に考えて取り入れています。「複眼が大事だよ」ってよくいいますが、複眼になろうにも同じ人間だと結局浅くなってしまうじゃないですか。だけど別の人間だと割り切って、学者ではなくジャーナリストの視点で見るとやっぱり見えてくるものがあるんです。
場合によってはお互い本田が渋谷を、渋谷が本田を引用して執筆しているんですよ。使い分けているつもりはないけれど、別人だと思っています。
でも、役者とかマスクマンのプロレスラーの場合と同じで、演技も技も同じなわけですけど。学者の先輩とかに言わせると偽名は使っちゃいけないっていうんだけど、偽名じゃないですよね。
編集部
なるほど、複眼思考ですか。同じ対象を学者の視点、ジャーナリストの視点で捉えることで相乗効果が生まれているんですね。ご著書を拝読するに、両者の視点からさまざまなテーマで取材や、執筆活動をされていますよね。ご自身を揺り動かすもの、また根幹になるような取材対象、研究対象ってどんなものなのでしょうか。
本田氏
私が執筆したテーマはどれも労働問題が根底にありますが、学者って一般化したがるので、どういう仕組みで、どういうロジックでその問題が起きているのか、という説明になってしまう。
だけど、「これは1人の人間の問題だ」と捉えると、人間からアプローチする必要があります。だから『主婦パート』を執筆したときは1,000人近くインタビューして、人をじっくり見ていきました。生きざまを知りました。
労働組合の結成の話をまとめたときも、「労働組合を結成しました」ではなくて、労働組合の結成に命をかけている人がいる、それを職業としてやっている人がいることに着目して、人を追っていきました。
ということで、私の捉える労働問題の根幹には「人」があります。ともすれば人間単位の問題が埋没してしまい、なんとなく労働問題みたいになっていますが、本当はそれぞれの人生がかかっている問題です。その人に実際に合って、その人のことを明らかにすることが労働問題に資すると考えています。
編集部
労働組合のような組織をテーマとしても、まずはミニマムな単位として「人」をしっかりと見ていく、そこから問題点を拾い上げていくということですね。
本田氏
そこをないがしろにはしたくないという気持ちが強くあります。