インタビュー
「雑誌 × web」クロスインタビュー
Interview 1
〜人事ジャーナリスト 溝上 憲文〜
- Episode 1 「人事ジャーナリストの溝上さん」ってなってたんです。……完全に運命じゃないですか(笑)
- Episode 2 2000年ぐらいでしたか、追い出し部屋の潜入取材にいったんですよ
- Episode 3 1990年代半ばぐらいから、社員をコストとしか考えない。 そういう雰囲気がどんどん漂ってきたんです
- Episode 4 人事が見ているのは社員だけど、派遣は社員だと思われてなかった。構造的におかしかったのが吹き出たんです
- Episode 5 人事部には限界があるんです。やっぱり経営者が、人のことをちゃんと考えていないと
- Episode 6 人を活かすために投資して人を育てるという、人事がやりたい仕事ができなかったのがこの30年かな
Episode5
やっぱり経営者の取材より人事の取材
編集部
そして記事での次のトピックは……長時間労働。とくれば、何より電通事件ですよね。
溝上氏
これは当時書きまくりましたね。電通に限らずですが、長時間労働を当たり前にしちゃう雰囲気って何なんだろうって思いましたよ。結局、会社の風土って、経営者の影響が大きいんですよね。
そういう意味で言うと、人事部には限界があるんです。やっぱり経営者が、人のことをちゃんと考えていて哲学的なものを持っていたり、ある程度人事部の意を汲んだりというのがないと、人事部はなかなか機能しないんですよ。
そう思って、ある時期から 経営者の取材も意図的にやるようになったんです。記事としては経営者に向けた経営者の言葉、という形の取材なんですけれど、ふとしたタイミングや終わり際なんかに、「人や社員」についても、ちょっと聞いてみる。
もちろん立派な考えを持っている人もいるんですが、結構人事なんて全然知らないって人も多かった。自社の人事制度や方針を何も知らなかったり、人事担当者に「お前喋れ」っていう人もいてね。なんだかなあと思っちゃって、やっぱり人事の取材の方が面白いやと戻ってきちゃいましたね。
編集部
そういう意味では溝上さんが意識されたところって、「人的資本経営」って形で、ある意味クローズアップされてきたんじゃないですか? 最も、時代が追いついてきたというより、投資家サイドからの要求という意味合いが強い気がしますけど。
溝上氏
ええ。リーマン・ショックあたりから、投資家サイドで会社の財務情報だけじゃ将来のことがわからないという流れが出てきて、人材の情報も含めた非財務情報も出せ、となってきた。ただ、現在進行形で人的資本経営とか人的資本とは何かって詰めているところなので、まだまだ過渡期は続くでしょうね。
編集部
可視化していなかった情報もはっきりさせなきゃいけなくなったということですよね。
そういう点では、人事部の活躍する余地がたくさん出てきたんじゃないかと思います。
溝上氏
僕ははっきりとチャンスだと思います。本来の人事部の仕事がなかなかできない 30 年があって、そこで、本来の人事の仕事を何なのかということを改めてやれる、積極的にやれるというチャンスです。
人事の活躍するチャンスが来ている
1980 年代は、「人を大切に」なんてのは、経営として当たり前のことだったんですよね。
その後 30 年でボロボロになって、結果、日本の人材投資って世界的にも低くなっちゃってるし、エンゲージメントも低い。だからこそ今までの 30 年間の傷を癒しながら、また復活していくっていう意味で、人事部の役割は大きいと思います。
編集部
なるほど。であれば、いわゆる CHRO、人事最高責任者というポジションがクローズアップされて、経営者と人事を繋げることに関心が集まっているのはいいことなんですか?
私の印象として、私やもっと下の世代で特に感じるんですけど、人間って、賢くなりすぎちゃったんじゃないかと。賢くなったというより「小賢しくなっちゃった」。
溝上氏
ああ、そういうニュアンスわかります。僕も 2000 年頃に感じましたね。いろんな人事部長が言い始めたんですよ。「最近の課長は、頭が良すぎて人間味がなくなってきた」って。
要するに頭はすごく良くて、制度設計なんかもやればできるんだけど、従業員一人ひとりとかあるいは、現場の工場まで目配せして設計するという視点がスポッと抜けていたり。
包容力というか、全体を見渡せて、人事部はどうあるべきかということを考える人が少なくなってきたなあと言われたんですよね。でもそれは多分、時代のせいもあると思います。
1990 年代、殺伐な空気の中で社会人になって人事部に入ったというのが1つ。
もう一つは、昔は経営者と人事部と労働組合という 3 要素があって、労働組合から情報を得たり、時には労働組合と組んで経営に政策を提案したりと持ちつ持たれつで会社をよくしていこうという流れがあったんです。
でも労働組合がなぜか弱体化してしまったし、人事側の労政担当も力がなくなっちゃった。こうした情報を得る機会や喧々諤々で議論することが少なくなってきたことも影響してるんじゃないかと思います。
編集部
それがさっき話に出てきた、コストでものを見て人を人として見なくなったというところにもつながっているんでしょうか。でもこれも今時なのかなと思うんですが、そういうドライさが顕著になったことで、そういう人たちを説得しやすい理論化が進んだ面もあるのかなと思うんですよ。
例えば健康経営って、「健康に気を使うとそれはちゃんと利益や経営に跳ね返ってきますよ。だからやった方がいいですよ」っていうロジックで、「じゃあやろうかな」でだいぶ進んだじゃないですか。単純に「タバコは体に良くない」とか「運動しよう」っていうことはずーっと言ってきてましたけど、健康経営というメリットの可視化ができてからだいぶ進展した感じがします。
人的資本経営も、「人材は投資対象です、ちゃんと整えるとメリットがありますよ」と記載の義務化したことですごくメリットが強調されたなと。
溝上氏
そうですね、意外と若い人や現場は、そういうことが大事だってわかっているわけですよ。
でも今までは会社がそこに切り込む余裕を与えてくれなかった。人事部内では相当議論されていて、「でもできないよね、上は認めないよね」と。
そうしたものがやっと外に向けて政策として定義できる。あるいは実現できる可能性が出てきたという意味でも、さっきの話に戻りますがチャンスなんだと思いますよ。