人事の地図

インタビュー

「雑誌 × web」クロスインタビュー

Episode3

1 人が 1 万人を救うのは正しいか DX 人材へ続く疑問

編集部

さて、今回寄稿いただいたわけですが、予定を超える大ボリュームがやってきて、しかもあまりに面白かったのでノーカットで前後編にしました。編集部でもどうしようと悩みましたけど、書いた溝上さんもいろいろ捨てがたかったんだろうなと(笑)。

それでも、記事にはないエピソードとして、まだまだ印象深いお話がありそうですよね。
例えば以前私が聞いた話ですと、サムソンに取材に招かれたり、絶頂期のカルロス・ゴーン氏に取材したりというのもあったじゃないですか。

溝上氏

そうですね。一貫して描きたかったのは人事部の変化です。1980 年代って、意外と牧歌的というか、社員と経営者が一体で風通しがいい雰囲気だったんですが、1990 年代半ばぐらいから段々殺伐としてくるんです。
社員をコストとしか考えない。そういう雰囲気がどんどん漂ってきたんです。

記事にも書きましたけども、ピークだったのは 90 年代で、みんな株主の方を向き始めた。
大手化学メーカーの人事担当者が言ってましたが、経営の雰囲気としても、株価や株主対策でもう精いっぱい。株主に何か言われたら自分は首が飛ぶんじゃないかって戦々恐々としていたそうなんですね。当時は財務体質を強化しないと格付けが下がるとか、そういうことが一番の関心事だったんです。

その前後のリストラにしても、何千人削減したらどれだけ削減効果が見込めるかってそういう計算をするようになっていったと、どこの会社でも話してくる。これはもう、昔のような状況じゃないなと思いましたね。
そしてもう一つ、優秀な社員とそうでない者の選別が始まったというのがやっぱり印象的でした。

優秀な社員をどんどん上にあげていく早期選抜制度が一気に流行ったんです。優秀で将来経営者側に来てもらうべく 30 代から育てていこうという人と、それ以外とに分けるという話ですね。欧米では盛んなので、ついに日本にもやってきたかと思ったんですが、その後、サムスンでその流れでも特に強烈なものを見るわけです。

編集部

具体的にはどんな感じだったんですか?

溝上氏

当時のサムスンはエリートとして入っても、どんどん評価でふるい落としていくっていう仕組みで、いったん落ちるとほぼ這い上がれない。実は 1997 年のアジア通貨危機は韓国でも影響が大きかったので、いわゆる外資系コンサル会社が成果主義や人事制度変革をかなり取り組んだんですよね。

それで、サムスンも変わろう、ということでどんどん変わっていったそうなんですが、当時の会長が、とても印象的なことを言ってたんです、要するに、「1 人の天才が 1 万人を救う。サムスンはそれで行くんだ」と。

それを聞いて、これって、優秀なエリートがいれば会社を引っ張ってくれるから、そういう人材を育てるんだというエリート主義的な発想なんだなと思ったんですが、日本もそこまで極端にはいかないにしても、そういった風潮があったんですね。
でも、実はこれ、もしかしたらまだ終わっていなくて、まだ継続してる話かもしれないなとも思ってるんです。

編集部

直接つながってはないけれど形を変えて……という感じですか?

溝上氏

はい。今、DX 人材とか盛んに言われていますけど、要するに会社を変革できる人材が欲しいということですよね。転職市場での相場も、他の人材と本当に桁が違ってきている。つまり、そういうレベルの超エリートが引っ張っていく、あるいは引っ張ってほしいという話ですよ。
日本はそういうのをまだ引きずっていて、どういう方向に向かおうとしてるのか、あるいはどういうふうにしていくのか、まだまだわからないなっていう気がしているんです。

編集部

うーん……先ほどのサムスンの「1 人が 1 万人を引っ張る」っていう空気だったら、まだいいんですけど、90 年代日本のコスト重視の世界が続いていてその理屈と組み合わさるなら、「いいところ(エリート)だけ取ってあとは捨てちゃう」みたいな空気じゃないですか。
もし本当にその空気を引きずっているなら、残るのは本当に慈悲のない世界ですよね?

溝上氏

そうですよ。記事でも書きましたけど、当時は凄まじいリストラでした。少なくとも 3 人は人事部長を辞めたのを知っていますからね。社員が社員を処刑場に連れていって、それを見届けて自分も……。そういう殺伐とした世界でした。長い目で見れば、日本経済を弱める結果になってますよね。

編集部

確かに。特に採用で顕著ですよね。ロスジェネ世代はそれこそ絞りに絞って選抜されて、採用されなかった人は非正規に流れ込みましたから、今の正社員の世代構成は本当にボロボロで、企業もめちゃくちゃ自覚しているところだと思います。

溝上氏

そうですね。その場しのぎで採用を抑制して、結果的に新卒を採用しない空白の年が生まれてしまったというのは大きいと思いますね。あれで部下のいない管理職もいっぱい生まれましたし、僕はその結果、OJT の力も弱まったと思っているんです。

OJT っていうのは、新人が教えてもらうっていうだけじゃなくて、教える側も勉強するんですよね。だから双方が成長していくのが OJT だったのに、それがぷっつり切れて空白ができている。それが日本の OJT が脆弱化した原因じゃないかなと思いますね。

編集部

うーん、弊社でも多少思い当たるところがありますね。私も含めて中途で入ってきた人が結構いて、本来は新卒で入ってきて伝承されていく技能や考え方というのが途絶えているところがいくつかあります。

ちょっと話がズレちゃいますが、中途採用者が持ちこんできた外の技能と、プロパーが伝承してきた内側の技能が組み合わさって社の風土や文化も発展していくという流れもあると思うんですよね。でも、中途採用者の方がバランス的に強くなっちゃうと、混乱したり、お互いに壁ができちゃうケースも起きやすいんじゃないかと。そういう意味でロスジェネの影響というのは本当に大きいと思っています。

それと、何かの拍子に以前お話しましたけど、2000~2001年に大学を卒業した世代って、就職氷河期の中でも一番ひどい扱いを受けた世代だと思っているんです。だけど、あんまりそこについての言説って見かけないんですよね。

溝上氏

今回の記事でも書いた就職率 55.8%の年ですよね。

編集部

そうです。もう本当に募集が少なくて全然就職先が見つからない。これ、当時の学生の肌感覚だけじゃなくて 55.8%というデータの通り、本当に就職先がなかった。なのにこの時って、ほとんどの場合「就職できないのはお前の努力が足りない」と、学生側のせいにされる空気だったんですよね。

就職氷河期でも、この前の時期だと、そこまで極端な就職難じゃなかったので「お前たちが悪い」とまでは言われなかった。一方でこの後はデータ的に見て大変な時期もあるんですけど、「学生だけが悪いんじゃない」という空気が醸成されてきているんです。

もうこの世代だけ怒られ損で、ここで凹まされて社会人としてひねくれちゃった(笑)。
データ的な非正規の増加もそうですが、ここでの働く人の意識の変節って結構あったんじゃないかなと思っているんですよ。

溝上氏

これは今回の本筋と少しずれてしまいますが、秋葉原通り魔事件が 2008 年の 6 月、リーマンショックの 3 カ月前に起きたじゃないですか。
彼は、完全にロスジェネ世代で、自動車の工場で派遣社員をやっていて、自分の境遇に絶望して事件を起こしちゃったわけですよね。

あの時に印象的だったこととして、髙島屋の当時の社長が、社員に向けて訓示をしたんですよ。
「百貨店にはいろんな人たちがいる。契約社員さんもいれば派遣社員さん、個人での契約をしている方もいる。我々はそういういろいろな人が集まって一緒に仕事をしているという自覚をちゃんと持ってほしい」と。

これは事件を受けての発言で、特に非正規という働き方が浸透しきっていた流通とか小売業だからこそ、すぐに出てきた言葉だと思うんですよね。実際、非正規の方が活躍できるような制度や待遇というのは、百貨店発のものも結構多い。事件自体は絶対によくないことですが、そういう方向からも今の多様な働き方や非正規に対する意識の流れへの影響があったのかなと思っています。

Episode 4 へつづく